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水曜はヤバすぎるアンダーグラウンドエッセイ from 東北

元四次団体組長・張恭市の「一杯の珈琲と、一粒の涙」

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とある大手暴力団(日本でいちばん有名なあそこですね)からスッパリと足を洗い、現在は被災地復興のため日々汗を流す「喜多方の帝王」こと張 恭市。そんな福島在住の張が被災地の現況から刑務所の実態まで、ヤバすぎるリアルな話を大いに語り尽くします!


宮城~埼玉、東北新幹線の旅(行き先は刑務所)


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川越少年刑務所 法務省ホームページより


 宮城刑務所・分類センターで約3ヶ月間、どの刑務所に赤落ち(=実刑が確定して刑務所へ行くこと)するかの分類調査を受けていた。

 当時、私は26歳で、刑期的に少年刑務所に送られるのか、成人刑務所に送られるのか微妙な判断だった。

 26歳未満だと間違いなく少年刑務所送致となり、26歳以上だと成人刑務所扱いとなるのだけれど、逮捕された時は25歳であり、判決が出る少し前に26歳を迎えた私は、どちらとして扱われるのか官側でもだいぶ悩んでいたようだ。

 ある日の夕方、掃夫が刑務官の目を盗み、私のいる舎房までやってきて、メモ紙を投げ捨てていった。

 すかさずそのメモ紙を拾い、用を足しているふりをして便器に座り、つい立てに隠れるようにそのメモ紙を読んだ。

《明日、川越少年刑務所に移送。頑張って!!》

 その掃夫の情報により、私は少年刑務所に移送されることを事前に知ることができたが、気持ち的には正直不安であった。

 川越少年刑務所は初犯刑務所であり、仮釈放は良いとの噂だったが、運動時間はかなりハードで、足腰が立たないぐらいに毎日目一杯キツイ運動をさせられることで有名だった。

 さらに、トラブルも毎日のようにあると聞いており、とてもじゃないが平穏無事に過ごせる刑務所ではないと話に聞いていた。

「初犯刑務所に移送されるなら、山形刑務所へ」受刑者達の間ではそう切望されていたが、受刑者側が行きたい刑務所を決められるわけもなく、ましてや暴力団に所属していることがバレたら、初犯刑務所になんて落とされるはずもなく、初めての務めであっても再犯刑務所に落とされてしまうのだ。

 その当時、私は20歳の時から世話になっていた組織から地元の組織に移ったばかりで、登録も準構成員扱いのようになっており、暴力団扱いされると仮釈放もなければ、初犯刑務所にも行けないと思い、分類調査時には暴力団との関係をひた隠ししていた。

 当時は今ほど身辺調査が厳しくなかったのだろうか、そのおかげで初犯刑務所に移送されることとなったけれど、まさか少年刑務所とは思わず、掃夫から投げ入れられたメモ紙をトイレに流しながら気が滅入っていた。