>  > 小池百合子都知事が隠したかった?「不都合な真実」をニッポン最後の黒幕・朝堂院大覚がすべて暴露する②
達人に訊けスペシャル 朝堂院大覚ロングインタビューact2

小池百合子都知事が隠したかった?「不都合な真実」をニッポン最後の黒幕・朝堂院大覚がすべて暴露する②

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(一回目のインタビューはこちら リンク


発言の食い違いはただの思い違いか?


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撮影/羽太康雄


──その後、小池父とはどうなったんですか?

朝堂院 うむ。それで、大の男がブラブラしとってもいかんから、何かをやらようと。フィリピンのアキノ、当時は上院議員だったが、彼が投獄されて死刑判決を受けておったから、私が石原慎太郎と一緒に現地へ行って、マルコス大統領に談判した。

──ベニグノ・アキノ・ジュニア。後のコラソン・アキノ大統領の夫ですね。総統は彼の死刑回避を求めてマルコス大統領に会いに行った。それが1977年です(アキノ氏は国民に多大な人気があったためマルコスは処刑せずアメリカへ追放する。しかしアキノは1980年に帰国を決意。とみろがマニラ国際空港に降り立ったところ、日本のTBSテレビのカメラが廻っている中、政府軍兵士に射殺された)。


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wikipedia「フェルディナンド・マルコス」よりマルコスとイメルダ夫人、中央はアメリカのロナルド・レーガン大統領(リンク


朝堂院 あのときはアキノの女房(後のコラソン・アキノ大統領)と、息子がまだ小さかったなあ、私のホテルのペントハウスまで来て「お願いします。主人を助けてください」と言って、そのときもまあ何の役にも立たんが小池も同行させましたよ。

──カバン持ちみたいな感じですか?

朝堂院 まあそんなもんだ。あいつは衆議院選に出るとき、一応、石原慎太郎の「日本の新しい世代の会」の推薦をもらっておったので、知らない仲でもないし。だから私がマラカニアン宮殿に行って大統領と会うときも、嬉しそうに一緒に座って得意満面なポーズは取ってたわな(笑)。その後もタイとか、私が海外に行くときはどこでもあちこち付いて来よった。カバン持ってな。

──そうこうしているエジプトにレストラン「ナニワ」を、という話になるんですか?

朝堂院 結局、東京におっても何の仕事もできんわけだ、彼は。関西電力に捨てられたから地元にも帰れん。だから私が「エジプトに行きなさい」と勧めた。幸いエジプトのほうでは会社の倒産が知られてなかった。事務所もまだあったので、「現地の人間には知らせずに行け」ということで。

──総統も一緒にエジプトまで行かれたそうですね。

朝堂院 小池は何もできん男だから、「カイロでどうしたらいでしょう?」というから、「レストランをやってみろ」と。名前も私が「ナニワ」と決めて、すべての備品、什器、全部私が用意して、開店させたというわけだ。

──小池百合子さんは、お母さんの恵美子さんが突然「カイロに日本料理店を作りたい」と言い出したと言ってますよ。留学中に遊びに来たとき食べた現地のすき焼きの味がひどくて、「私がエジプトの人たちに本当の日本の味を広めたい」って言ったと。

朝堂院 ふむ。嘘を言ってるのか。あるいは百合子自身はそう聞かされておったのかもしれん。

──しかし、真相はそちらだと。それにしてもなぜ総裁はエジプトにレストランを作ろうと思われたんですか?