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元四次団体組長・張恭市の「喜多方の帝王、刑務所で逸材をリクルートする」

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とある大手暴力団(日本でいちばん有名なあそこですね)からスッパリと足を洗い、現在は被災地復興のため日々汗を流す「喜多方の帝王」こと張 恭市。そんな福島在住の張が被災地の現況から刑務所の実態まで、ヤバすぎるリアルな話を大いに語り尽くします!


刑務所でスカウトした男"フランケン坂本"の思い出


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写真はイメージです


 ヤクザにとって刑務所はスカウトの場でもあり、良い人材発掘の場でもある。

 しかし、出所後も本当にヤクザになる者はごく稀(まれ)で、たいていは中でイジメられたくない者が、刑務所内に収容されている間だけ舎弟や子分になるというケースばかり。そこの組織の名を語り、あたかも長年ヤクザをやってきたような素振りを見せる者が大半なのだ。

 たとえば私の過去3度の懲役でも、毎回塀の中で会うポン中がいたりするのだが、その男などは、会うたびに違う組織の名を騙っていた。

 しかも、ひどいときは収容中、ある工場から別の工場に懲罰で移った時などに、渡り歩く工場で名乗る組織名が違っている始末。

 あちこちでそんなことを繰り返しているものだがら、とうとうその者は名前を使われた各組織の人間からハト(伝言)を飛ばされ、現役の人間達から狙われるハメになって工場にいられなくなり、自ら出役拒否をして出所まで処遇上独居生活となってしまった。ヤクザを騙ったツケは、それなりに大きいのだ。

 ところで、2度目の懲役生活中、ある一人の新入が私のいる工場に配役されてきた。

 私は身長187センチあるのだが、その私よりも1センチ大きい、188センチの体格もゴツい、頭に何針も縫った痕がある男で、見た目はまるでフランケンシュタインのようだった。

 偶然、その男は私の舎房に来ることとなり、一日の作業を終え、夕飯を終えたあと、部屋の中でその者とゆっくり話をすることとした。

 時間は充分過ぎるほどあるのだから、焦る必要はない。

 その男の名は坂本と言い、今回の務めで2度目だと言う。

 罪名は覚醒剤使用とのことだった。

 当時、31歳だった私よりひとつ年上だったが、やたら話が合い、出所後に私の組の拡大するため収容中に人間を拾っていこうと思っていた矢先でもあったので、坂本を私の若い衆にし、部屋の中で簡易だがお茶で盃をおろした。

 見た目もゴツく、若い衆として連れ歩くには充分過ぎるほど貫禄のある坂本に、私が期待していなかったといったら嘘になる。工場内でも私が坂本のことを若い衆にしたというと、他の現役の人間達からたくさん祝福をいただいた。

 数ヶ月後、満期出所を迎えた私がひとまず娑婆に戻り、自分の組織の地盤固めをし、私の出所後のちょうど一年後に出所してくる坂本の迎えを万全にするために自分の組織を拡大していった。


 時は流れて一年後。

 黒いスーツに身を包んだ私の若い衆達が刑務所の正門に並ぶ。

 私は坂本の放免祝いに私の若い衆全員を同行させ、盛大に迎えてやろうと決めていた。


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イラスト/筆者

 一年振りに坂本と再会し、そのまま私の地元に連れて新しい住まいを提供し、その日の晩はまさに酒池肉林な世界を坂本に与えてやった。

 だが、その日から徐々に坂本の本性がめくれていった。

 ある日、母親が死んだと言い、実家に戻りたいのだと言う。

 私や私の若い衆達から香典をもらい、私のメルセデスを貸してやって2日休みをくれてやるから、実家に帰って最後の別れをしてこいということになった。

 しかし、それが嘘だと判明。

 坂本を連れて呑みに行っていた店の女の子と仲良くなった坂本は、その女の子と遊ぶために私の車を乗り回し、皆からもらった香典を小遣いに遊んでいたのだ。

 そのことは、坂本が遊んだ女の子が働く店のママが当時の私の女だったので、すべて筒抜けになっていたのだった。

 その時はキツく説教をし、もう2度とそのようなことの無いように注意で終わった。

 しかし、間もなくして坂本はまたとんでもないことをやらかした。

 私の組事務所の備品を勝手に持ち出し、組の車を勝手に乗ってどこかに逃亡してしまったのだ。

 さすがにその件では私も頭に血が上り、あちこちにアンテナを張り、坂本包囲網をかけた。

 一週間もしないうちに、私の知人から連絡が入った。

「坂本、見つけました!」