>  > 菱のカーテンの向こう側111「神戸山口組に続々と名跡復活の朗報」
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菱のカーテンの向こう側111「神戸山口組に続々と名跡復活の朗報」

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写真はイメージです


 山口組五代目時代の1989年12月、章友会 細川幹雄舎弟頭が直系組長に昇格を果たし、初代細川組(兵庫県尼崎市)組長となった。

 細川組の歴史は分裂前の去年3月まで続き、細川組長の引退とともに幕をおろしていたのだが、その細川組が名称を復活させるという噂が流れている。

 細川組解散後、組員は二代目松下組(現在は神戸山口組 二代目松下組 兵庫県神戸市)に加入していたのだが、分裂時に細川組で若頭をしていた幹部が組員を引き連れ離脱。当初は六代目山口組 三代目吉川組(大阪府大阪市)で本部長の要職を務めていた。

 それが、しばらく経つと、元若頭を筆頭に神戸山口組 正木組(福井県敦賀市)へと移籍していたのだが、このたび、その正木組内で細川組の名称を復活させるのではないか、というのである。

 ある関係者は、こう話す。

「細川のカシラが吉川組から正木組へと移籍したのは、そもそも引退した細川の親分の意向が働いていたと言われている。というのも、細川のカシラは親分の娘さんをもらっており、細川の親分とは本当の身内だ。細川の親分としては、義理の息子には吉川組より兄弟分の正木組へと行ってほしいという意向があり、事実そうなったようだが、それを問題視したのが六代目サイドだと聞いている。結局、この移籍が原因で細川の親分は引退を取り消され、処分されたのではないか」

 確かに細川氏は、六代目山口組の執行部から《右の者 引退中の処 平成ニ十八年三月二十日を以って 絶縁致しましたので御通知申し上げます》という前代未聞の文面の絶縁状を回されるという処分を受けている(詳細は「菱のカーテンの向こう側㊺ 本日、六代目山口組の新人事が決定か!?」リンクを参照のこと)。

 今回、移籍先の正木組で、満を持して細川組の名跡を復活させるのだろうか。

 細川組元若頭の姿は、「移籍後、神戸山口組の若頭会でたびたび確認されていた」と捜査関係者は話している。

 そのほかにも神戸山口組では、雄成会(京都府京都市)の前身である地蔵組が、雄成会内で三代目地蔵組として名称を復活させているといい、元直系組織の三次団体での復帰はそれに続いてのこととなるのではないだろうか。

 細川組も地蔵組も、五代目時代の山口組を支えた実力派の組織である。もしも復活が事実であるとしたら、神戸山口組にとって朗報であることは間違いないだろう。




(取材/文 R-ZONE関西取材班)