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東京ピカレスク~闇社会に君臨するピカロ(悪漢)~ 第25回 ピカロの追跡 中編 「狙われた家族」

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連載第25回 ピカロの追跡 中編 「狙われた家族」


文/三井裕二・監修/坂本敏也・構成/影野臣直

これは実在するひとりの男の転落と更生の物語である。

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あらすじ
三井は借金を踏み倒そうと夜逃げを画策していた阿見の身柄を押さえ、親族に借金を返済してもらうための『付け馬』を行なうのだった。


 「はい、おはようございます。これから、おでかけですか」

 トラックの運転席に乗った阿見に向かって、オレはいった。阿見は、驚愕の表情でオレを見た。
 髪を逆立ててとは、まさに今の阿見のことをいうのだろう。
 助手席では、子どもを抱いた妻の唯(ゆん)までが愕然としていた。

「なんか、先ほど大きな荷物運びだしていたけど、まさか引っ越しじゃないですよねぇ」

 この商売を長く続けていると、債務者が夜逃げしようとしたことに腹が立たなくなってくる。もともと、逃げることを前提にカネを貸しているからだ。

 そうでなければ破産寸前の男に、200万円をトサンで貸すことなどできるわけがなかった。

 倒産整理と同じで、債務者が飛んだ時点でガラ(=身柄)を押さえ、それからいかにして債権を回収するかが、オレたちの腕の見せどころだ。

 阿見が起きて、およそ1時間。

 家にあるカネ目のものや必需品は、全部シートのうしろに積んでいる。少し高価そうな家具類は、トラックの荷台に積まれていた。

 そして夜逃げの最後の荷物として、阿見家の御先祖様を祀(まつ)る仏壇を運びこみ、運転席に阿見が乗りこんだときには、トラックの前後を30センチの隙間もないほど、黒塗りのベンツ2台で挟みこんでいた。

 こうなれば、阿見はマナ板の上の鯉だった。

「三井さん。今、家の中を調べたんですが、カネ目のものは一切ありませんでした」
 東大卒の数間が、オレに告げる。

「仏壇は売れないのか」
 オレは阿見に訊いた。

「あ、あれは蓮の花の特別製で、500万円するんですよ!」
 阿見は絶叫するように声をあげた。

 実際、オレは阿見の仏壇を処分できないか、買い取り屋に問い合わせていた。だが、返ってきた答えは、芳(かんば)しいものではなかった。

 買い取り屋にいわせれば、仏壇ほど処分に困るものはないという。
 買値は目が飛びだすほど高いが、いざ売ろうというときは二束三文。というより、逆に仏具屋に手数料を払って、引き取ってもらわなくてはならない。

 もっとも、いくら高価な仏壇でも、人の使っていたものを安いからといって買おうという人は皆無だろう。

 蓮の花教団に、「仏壇は一生の財産」といわれて、500万円のローンを組んで購入した阿見。だが、その価値は本人と教団だけが知るものだった。

「そうか。それじゃ、荷物を戻そう。それから......阿見社長!」
 阿見は、ギクっとしてオレを見た。

「悪いけど、これからオレと一緒にきていただけますか」

 阿見は、女房の唯の方をチラっとうかがった。普段は気丈な唯も、さすがに夜逃げの最中に取り押さえられ動揺している。初心(うぶ)な乙女のように、おとなしかった。

「なぁに、べつに命をとろうというわけじゃない。これから社長と、借金の返済法を話し合うだけですよ。ただ、多少の日数は家を空けてもらうかもしれませんが、返済のメドがついたら帰ってもらいますよ」

 オレは笑顔で、唯にいった。それでも、唯は脅えた表情でいる。

(なんとか女房を信用させないとな)
 オレが描いた借金の返済法は、阿見を連れて親戚中を回ってカネを回収させるつもりだった。

 いくら普段から、さしたる付き合いをしていない親戚とはいえ、自分の叔父や叔母、従兄弟などのまえに借金取りに連れてこられたみじめな姿の阿見を見れば、多少なりとは金銭を工面するのが人情である。

 なによりも、排他的な田舎の住人は世間体を気にする。同じ一族がヤクザのような連中に連れられて家にくるという。それ自体、避けたい事案であった。

 負債額は、元金200万円と金利が60万円。手間賃を合わせて、300万円は取れると踏んでいた。
単純計算でも、5人の親戚をまわり一軒あたり60~70万円回収すれば完済する。

 ただ、その回収中に、女房が拉致された等の被害届を警察に出されたりすると厄介なことになる。
 オレは、それだけを心配していた。

「約束しますよ、奥さん。オレたちはヤクザじゃない。金融の会社に勤める普通のサラリーマンです。そいつだって、東大を出て大手銀行に勤めていた銀行マンですよ。だから、暴力に訴えることなど絶対ありませんから、ご安心ください」
 唯は数間を見て安心したのか、小さくコクリとうなずいた。

 翌日から、オレたちの付け馬(つけうま)生活が始まった。