>  > 神戸連続児童殺傷事件の元少年Aは許されるべきなのか、上祐史浩にきいてみた③
「ひかりの輪」上祐史浩代表ロングインタビュー

神戸連続児童殺傷事件の元少年Aは許されるべきなのか、上祐史浩にきいてみた③

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我々は「生きている」元少年Aを許せるのか?


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元少年A(酒鬼薔薇聖斗)が地元新聞社に送ったという「犯行声明文」


──そうなってくると、最終的には「贖罪」ということが問題になってくるような気がします。つまり元少年Aはどうやったら罪を償えるのか? 私たち社会はどうしたら彼を許すことが出来るのか? ということに突き当たるのではないでしょうか。

上祐 「贖罪」とはとてもむずかしい概念だと思います。なぜならば、どういう場合に、罪を償ったと言えるのかを判断する基準が確立していないからです。言い換えれば、皆が共有する贖罪の哲学・文化が存在せず、人によって民族によってバラバラです。

 その中で、日本では、比較的多くの人が共有する贖罪や許しの哲学は、「死」ではないでしょうか。「死人の悪口はいうのは良くない」と言うし、「生き恥をさらさない」「潔く自決・切腹する」という文化がある。死者は皆、神・仏になるという成仏の思想もある。

 お隣の中国にはこの文化はなさそうです。恨みの対象が死んでも許さず、遺体を砕いて食べて、その存在のすべてをこの世から抹殺したとか、本人だけでなく一族郎党を皆殺しにして、そのDNAを完全に抹殺するといった史実が目立ちますよね。靖国神社は、東条英機を含め、死んだら皆人は神になるという思想で祭っていますが、それを中国は理解しませんよね。

──なるほど。なんで東条英機みたいなヤツまで祀るんだと。

上祐 こうして、許し・贖罪として、死が強調されるということは、逆に言えば、生きて罪を償う、生きている相手を許すための基準・哲学は乏しいということになる。実際に、私自身も、ある関西のテレビ番組に出たとき、一緒に出演したコメンテーターから「あなたは自殺してしかるべきだ」と言われたことがあります。実際に放映される前には、余りにひどい発言だということで、局がカットしたのですが。

──確かに、日本人には一度失敗したらもう終わり、セカンドチャンスを許さないという文化・風土がありますね。

上祐 そうですね。あくまで比較の問題でしょうが、よく言われることとして、欧米は、セカンドチャンスに寛容ですよね。特にアメリカは、ヨーロッパでは迫害され、罪人として追われた人が、新天地として作った国ですから、国家の発祥自体がセカンドチャンス。

 一方、日本だと、事業の失敗ですら、一度失敗した人は、セカンドチャンスが得にくい風潮があると聞きます。アメリカでは、フォードは当初は4回倒産し、ディズニーランドも3回倒産した後に復活して成功した話は有名です。そして、欧米の学者が、日本が欧米に比べて自殺が非常に多い一因として、セカンドチャンスを認めないことをあげていました。

──そうなると私たちが元少年Aにセカンドチャンスを与えるのかどうかが課題となる?