>  > 【鬼畜】町ぐるみで赤ん坊を殺していた東京屈指のスラム街・岩の坂
BLACK R-ZONE〜本当にあった猟奇事件史〜

【鬼畜】町ぐるみで赤ん坊を殺していた東京屈指のスラム街・岩の坂

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「日本死ね」状態は昭和初期から変わっていない


  「保育園落ちた日本死ね」

――とある主婦の匿名ブログに書かれた怒りの声が物議を呼んだのは、2か月ほど前のことだ。共働きしなければ生活できない子持ち夫婦のニーズを満たすには保育園の数がまったく足りず、「保活」敗者は費用ばかりかさんで信用の置けない認可外保育所に子どもを預けるか、夫婦のどちらか(多くは妻)が仕事を諦めるしかない。いずれにしても生活のどこかに無理が生じる。
 日本の出生率が低下の一途をたどっていることは誰もが知るところだ。しかし、この現状を目の当たりにして子育てに希望を持てる人間がどれほどいるだろうか。

 一連の騒動を見ていてふと脳裏をよぎった事件がある。「岩の坂もらい子殺し事件」だ。育てられない赤ん坊を里子の周旋人に渡したら赤ん坊はスラム街に回されて殺されていた......という、1930(昭和5)年4月14日に発覚した忌まわしい事件である。もらい子とは里子に出された赤ん坊を指す。

 保育園に入れなかった子どもが里子に出されたあげく殺されるなどという事件はさすがに聞かないが、現在でも親が貧困に耐えかねて子どもを道連れにする無理心中は後を絶たない。日本政府の徹底した弱者切り捨て政策による低所得者層の貧困無間地獄システムと、それによって子育てが困難になる状況は、実は昭和初期から変わっていないのだ。

 「岩の坂」とは、赤ん坊殺しが起きたスラム街の名である。日雇い労働者、屑拾い屋、ホームレスなどがうろつき、薄暗い長屋や雑魚寝用の大部屋を持つ木賃宿がひしめく、絵に描いたような貧困の街だった。当時はひどい差別にさらされていた障害者たちも暮らしていたという。耳慣れない地名だが、それもそのはずで岩の坂という地名は現存しない。

 かつての岩の坂は、現在の板橋区本町にある坂町商店街近隣にあった。今はスラム街の気配など微塵も感じられず、どこにでもある少し寂れた商店街でしかない。


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現在は本町という地名になっている岩の坂。(撮影=八神千鈴)


 心優しい里親に引き取られたはずの赤ん坊がスラム街で殺されていただけでもショックだが、同じ手口で命を奪われた赤ん坊が30人以上もいたのだから惨い話である。

 しかもこの犯罪は岩の坂の町ぐるみで行われていた。