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日本の裏社会で今、なにが起ころうとしているのか? 実話週刊誌女性記者が読み解く

4月7日に「暴力団指定」を受けた神戸山口組を待ち受ける「試練」

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「今年の10月頃」といわれていた神戸山口組の暴対法による「暴力団指定」がだいぶ早まり、4月7日の国家公安委員会の認定を受けて兵庫県公安委は午後に正式に指定しました。今月17日か18日頃の『官報』掲載をもって指定の効力が生じるとのことです。指定の有効期間は3年間で、いったん指定されればほぼ自動的に更新されることになります。


指定手続きがめんどくさい「理由」


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インターネット版「官報」より(リンク

 さて、そもそも暴対法による「指定」とは何なんでしょうか。現在指定されている組織の他にも「ヤクザ」組織はありますよね。
 
 暴対法では、
①組織の威力によって資金を獲得している
②特定の前科を持つ構成員が一定数を占める
③階層的な組織を構成している

の三つの要件を満たしているかを公安委員会が決裁するとしています。

 まったく何のことやらですね。

 何のことだかよくわかりませんが、これらに基づいて、都道府県警察のマル暴さんたちが集めた資料から国家公安委員会が認定、都道府県公安委員会による意見聴取(「文句」もアリ。弁護士さんなど補佐人の同席もOK)後に指定されます。今回は意見聴取はなかったそうです(だいたいないです)

 神戸山口組の今年3月1日時点の組員さんは約2700人だそうですから、前科の実態などを調べるのはけっこう大変です。だから、当初は今秋というお話だったんですね。

 では、なんで指定方法はややこしいのでしょうか。

 それは、1992年の暴対法施行前後の時期に、「指定は厳格にしないとアカン。右翼団体や労働組合にも適用される、憲法違反の危険な法律だ」と、弁護士の遠藤誠先生や西垣内堅佑先生(いずれも故人)、作家の宮崎学さんなどが大反対運動をされたからなんですね。当時はメディアでも議論され、極妻さんによる反対デモもあったんですよ。

「まあ、あれやな。法律そのものは食い止められなくても、『そう簡単にはさせへんでえ』という抵抗のポーズはしとかんとな」と宮崎親分がおっしゃっていました。

 これがなかったら、当局が「ケシカラン」と思うところはみんなソッコー指定されています。当編集部だって危ないところでした(編集部注 そんなことはありません)


事務所にはチャカもシャブもありません


 では、指定されたらどうなるのでしょうか。

 指定暴力団の構成員が行う27の「暴力的要求行為」(口止め料の要求、寄付金・賛助金の要求、下請参入の要求、みかじめ料の要求などですね)に対しては刑法とは別の処分ができること、各都道府県公安委員会はこれらの暴力的行為に対し「中止命令」を出せることが特徴です。

「中止命令が出るまでやっていいんだから、ラクだわ」と笑っておられた親分もいらっしゃったのですが、2012年秋に改定された暴対法は、抗争中の組織を「特定抗争指定暴力団」、特に「暴れん坊」の組織を「特定危険指定暴力団」とすることとしました。これに指定されると、中止命令もなしにソッコー逮捕できます。

「危険指定」を受けたある組織の組員さんによりますと、事務所使用禁止などもあってめんどくさいそうです。

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特定危険指定を受け、使用制限命令を出された工藤會本部事務所 ©google2016

「事務所は純粋に事務で使ってるから、それなりに支障がある。一家の『表札』みたいなもんだから。ただ、映画の『ヤクザと憲法』にもあったけど、警察も把握している事務所にチャカやシャブなんかは置いてないから(笑)。

 今は暴排条例で盆暮れの贈答もなくなって、住所録も使わなくなったし。飼っていた熱帯魚や犬なんかは組員が分担して家に連れて行って世話をしてるよ。むしろ若い者は『当番がなくなった』と密かに喜んでる(笑)。たまに掃除に行けばいいだけなんで。(事務所が使えないのは)打撃ではないと言えばウソになるけど、それより問題は暴排条例のほう。口座の解約とかのほうが厳しい」(特定危険指定暴力団に所属する組員A氏)

 なお、特定指定を盛り込んだ法改正の時も、宮崎学さんや田原総一朗先生などの作家さんやジャーナリスト、社民党の先生方などが異議を述べられ、改定法案にも「職権を運用するに当たっては、恣意的にならないよう十分留意すること」とする附帯決議をつけられています。

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衆議院ホームページより(リンク

 やられっぱなしではなく、できる限り抵抗はする、というのはオトコマエですね。これらの運動は、「ヤクザを庇っている」のではなく、「ヤクザをダシにして国民を統制しようとしている権力に対するイヤガラセ」(宮崎さん)なのだそうです。

 他人事と思っていると、ちょっと危ないかも? ということもあるようです。引き続き注目していきたいですね。

(取材/文 吉原美姫)