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連載小説『死に体』

第48話 ラストダンス

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連載第48回 第三章(十三)

文/沖田臥竜

【ここまでのあらすじ】覚せい剤に溺れ、罪のない3人もの命を殺めた元ヤクザの藤城杏樹。一審で死刑判決が下されると、幼なじみの兄弟分龍ちゃんや恋人のヒカリは必死になって控訴をすすめるが、杏樹は死刑を受け入れることを選択する。そして死刑判決が確定した杏樹は、多くの死刑囚が収容されている☓☓拘置所内の四舎ニ階、通称『シニ棟』へと送られたのだった。


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 それでもオレはヒカリと会うことを楽しみにしながら生きていた。会えば会うだけ傷ついていくのに、会わなければこの生活には耐えられそうになかった。

 夏が駆け足で去って行き、秋が深まり、やっさんが無罪となり娑婆の人になったのかと思っていると、すぐに冬がやって来て、また一つ歳を重ねようとしている。

 その間もヒカリは、まるで自分が警察に駆け込んだのだから、その責任だけは果たさなければならない、とでも考えているかのように面会へと来ていた。

 面会室で時計ばかり気にしているヒカリは、ある意味では、事務的に足を運んでいるように見えた。そう見えてしまう自分自身が嫌で嫌で仕方なかった。

 心の底から嫌われてしまう前に、オレのほうから彼女を自由にしてやらなければいけないと思いながら、いつまで経ってもそのことを言葉にできなくて、お互いが辛いだけになっていってる気がした。

 そんな迷路をさ迷い続けている時の中で、また挽歌が流れた。

 宮崎殺しからちょうど一年が経ち、そろそろ法相も仕事をしなければならない、とでも思ったのだろうか。死神の空腹を満たす次なる獲物として選ばれたのは、シニ棟(四舎二階)最強にして最悪の男、歩く無法地帯こと鬼ガワラだった。

 始まりから終わりまで、すべてが意表につく意表の連続だった。金曜日でもなければ朝でもない月曜日の夕刻。それも仮就寝に入った、薄闇がかかる午後5時頃だった。

 一瞬にして氷結した空気は、はじめ、なにが起ころうとしているのか判断できず、死刑囚たちを戸惑わせた。

"死神"などと、その役目故に悪しきざまに呼ばれている主任看守の姿を認めたあたりから、シニ棟に巣くう悪党どもにとっては招かれざる出来事が接近しつつあることだけわかった。

 死刑囚たちからの凍りつく視線を浴びた看守一行の向かう先は、その凶悪性から数々の通り名で呼ばれているドン、シニ棟最後の砦、鬼ガワラの房だった。

 死刑囚の誰しもが固唾を呑んだと思う。そこから始まる地獄絵図を想像して青ざめたと思う。

「もうやめてよぉぉーーっ!!!」

 フロアから流れてくる甲高い泣き声を耳にした時、オレは検討違いなことを想像した。まさかその声の主が鬼ガワラとは夢にも思わず、ハルクかスタローンのどちらかが早速返り討ちにあったと思ったからだ。

 幾度かの攻防が繰り広げられているのは、その衝撃音から察することができた。しかし、それは至ってシンプルなもので、誰もが想像する修羅場とは、似ても似つかぬものだった。

 鬼ガワラはまるで子供だった。

 駄々をこねる子供だった。

 嫌だ嫌だとぐずっている子供だった。

──今更ジタバタしてもしゃあないわな。くる時が来れば逝くだけや。気に入らなんだら踊るし、いつ来ても肚はとうにくくっとるよ──

 実話誌の連載の中で、鬼ガワラはこんなセリフを吐いていた。

 だが、両脇をハルクとスタローンにガッチリ決められた実物の鬼ガワラは自分の足で歩くこともままならず、引きずられるようにしてズルズルズルズル──と開かずの間へと姿を消していった。

「お母ちゃんっ! お母ちゃんっ! お母ちゃんって!!!」

 母の名を叫び続ける鬼ガワラの無様な姿を見て、オレは笑うことができなかった。

 お前、普段の威勢はどこいってんっ! 笑わせんのっ!と、ののしることはできなかった。

 この時の心境をうまく言葉にするのは今でも難しいが、もしかしたらオレは、その時の鬼ガワラの姿にショックを受けていたのかもしれない。

 唯我独尊。鬼ガワラのスタイルは、まさにこの言葉の通りだった。彼の生き様を二百万歩、美化した実話誌の連載小説のタイトルが『唯我独尊』だったので、よけいにそのイメージが強い。

 鬼ガワラは、よくも悪くも、決してタイトル負けしていなかった。とにかく鬼ガワラは、我という我を貫き通していた。刑務官にも、同じ立場の死刑囚にも、獄窓にやってきて囀るスズメにも、オノレのエゴを押し付け切った。不気味な声でがなるカラスでさえ、鬼ガワラの機嫌が悪い日には、鳴くどころか寄り付きさえもしなかった。

 それが鬼ガワラという男だった。

 だからこそ、看守たちも普段の場合なら使用することのない伝家の宝刀、麻酔銃で完全武装し、月曜日の夕に寝込みを襲うという、過去に例のない戦略をとったのであろう。刑務官の数自体も、通常の5倍は駆り出されていた。

 鬼ガワラを開かずの間へと連行しながら、どの刑務官も拍子抜けというか、信じられないといった顔をしていたけれど、ただ一人だけ、ニヒルな笑みを薄汚い顔面に貼り付け、プロジェクトチームの最後尾を歩いていた担当がいたことをオレは見逃さなかった。それは、わずかなお手当を目当てに、刑の執行に立ち会うことを志願していると噂されている、いけ好かない男だった。

 その顔を見て、オレは、カーッと頭に血が上った。

 オレだけではなかったようだ。翌日の運動では、みんなそのことを口にしていた。

 誰も鬼ガワラの最期を笑いはしなかった。

 死人にムチを打つようなことは誰も言わなかった。

 その一点だけでいえば、死刑を愉しむいけ好かない担当よりも、極悪非道の死刑囚のほうが、よっぽど人間として上等ではなかろうか。

 鬼ガワラは、ラストダンスを踊ることなく、刑場の露と消えていった。




写真はイメージです