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連載小説『死に体』

第47話 証(あかし)

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連載第47回 第三章(十ニ)

文/沖田臥竜

【ここまでのあらすじ】覚せい剤に溺れ、罪のない3人もの命を殺めた元ヤクザの藤城杏樹。一審で死刑判決が下されると、幼なじみの兄弟分龍ちゃんや恋人のヒカリは必死になって控訴をすすめるが、杏樹は死刑を受け入れることを選択する。そして死刑判決が確定した杏樹は、多くの死刑囚が収容されている☓☓拘置所内の四舎ニ階、通称『シニ棟』へと送られたのだった。


 もう、ヒカリからの手紙が届くこともなくなってしまっていたけれど、それでも彼女は、月に2度の面会だけは来てくれていた。

 だけど英須とは、もうずいぶんと逢っていない。

 何度か、英須も連れてきて欲しいと頼んでみたけれど、その時のヒカリのちょっと困ったような顔をみてからは、なんだか英須の話をするのがはばかれるようになってきていた。

 少しずつ、少しずつ、それでも確実に何かがすれ違っていき、戻れない時間が2人の中で育まれていった。

 本当なら、オレのほうから別れを告げるのが男の優しさなのだろうけど、オレはそうすることがいつまでたってもできなくて、(これも、またいつもの思い過ごしだ)と信じ込もうとしていた。

 横山のやっさんが奇跡を巻き起こしてしまったので運動のメンバーが鬼ガワラと2人きりになってしまったことから、オレと鬼ガワラはそれぞれ別々の班に加えられることになった。

 あれだけ、うっとおしくてしかたがなかった鬼ガワラだったけれど、話す機会がなくなってしまうと、なんだか一抹の淋しさを覚えている自分が不思議だった。

 鬼ガワラに対してだけではない。鬼籍に入った浅田のオッサンにしても、宮崎にしても、生まれてきた世界へ生きたまま帰還していった横山のやっさんにしても、もうこの世で逢うことはできないのかと思うと、その気持ちは同じだった。

 死刑囚の刑の執行は、死刑になる瞬間だけだ。今も身体はシニ棟にとどめおかれているが、あくまで刑の執行中ではない。だから、朝から作業を強制させられることもなく、運動もしくは、入浴が終われば、あとはひがな一日中、いつ執行されてもおかしくないという死の恐怖にのたうち回ることになる。

 みんなそれを少しでも紛らわすために、何かに没頭して、出来るだけ現実の恐怖から目をそらせようと努力していた。

 ある者は、読むに耐えないような短歌や川柳にうつつを抜かし、ある者は誰にもひけらかすことのできない教養をひたすら深め、またある者は、困った時の神頼みで宗教にしがみついた。

 そしてオレは、ただ書くということに、生命を刻みつけていた。ただもう一度、オレの書いた物語を世に出すために、必死になって書いていた。

 広い世界からすれば、わずかだったかもしれない。だけど本を出したことで、世間の人たちから生まれて初めて称賛を受けた。少なからずの反響の声が届けられた。

<こうなってしまったのは、どうしようもない理由があったと思います>

<止まりませんでした。溢れ出した涙とページをめくる指が......>

<始めから最後まで一気に読んだ。これがあの凶悪犯といわれた作者が書いたとは、信じられなかった。色々な意味でもったいない>

<お世辞にも名作とはいえないが、読み手をひきつけるの言葉がこの本にはあった。もう作者は、死刑を執行されたのであろうか。次回作に興味を持たされる一冊でもあった>

<今まで死刑について、それだけのことをしたのだから、当たり前だと思っていたけど、この本を読んで死刑制度そのものに疑問を感じるようになりました。でも、私の大切な家族を殺されてしまったら、やはり死刑を望んでしまうかもしれません>

 その中には、みどからの手紙もあった。

 物語の主旋律は、あくまでヒカと英須との暮らしを描いたものだったけれど、その中に過去の恋愛なんかも、面白おかしく取り入れてみた。それがみどの勘に触ったらしく、クレーム?の一報が届いたのだ。

 嬉しかった。

 やがて、哀しくなった。

 今は、天国へ旅立ったみどのために書いている、なんていえばカッコイイけれど、みどのために書いては直しを繰り返した挙句、やっぱり心の中では、ヒカと英須のために書いているような気がする。

 自分が認識している人物、まったく認識すらしていない人物、知っている場所、まったく知らない場所、そのすべてでオレは散々蔑まれ、憎まれ、恨まれ、そしてもう、この世では名誉挽回の余地すらなく、忘れさられてしまおうとしている。それがオレの歩いてきた、なんの偽りない足跡だ。

 だけど、それとは違う場所で、オレの本を見て、オレの存在を知り、優しくオレのことを想像してくれた人も、少しは作れたと思う。

 その事実が、少しだけど、オレの心を救ってくれていた。

 この世に生まれてきてはいけない、という人間が世界にはいるとオレは思う。多分、オレ自身がその中の1人だ。

 だからこそ、もうこれ以上、誰からも恨まれたくなかった。憎まれたくなかった。せめてもう少し、生まれてきた証を、最期にこの世に残して死にたかった。オレのことを少しでも愛してくれた人に、間違いばかりではなかった......と思われたかった。

 残された人生で、もうオレにできることなんて何もない。ただ書くことしか......。


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────杏っちゃんへ────

 涙が止まらへんかった。文字がかすんで、なんべんもなんべんも、涙を拭いながら、言葉ひとつひとつを杏っちゃんと思って、大切に読んだ

 杏っちゃんがこうなってしまった時、弱虫で泣き虫なヒカは、どうしていいのかわからなくなってしまいました

 ヒカは信じられへんかった

 目の前の杏っちゃんが、本間にそんな事をしてしまったんかって思うと、怖くて怖くて仕方なかった

 段々おかしくなっていく、杏っちゃんが哀しくて、辛くて、そして怖くて、ヒカは警察に行ってしまいました......

 杏っちゃんを最期まで信じられへんかった

 杏っちゃんを愛してたんは嘘じゃないけど、杏っちゃんがヒカのことを愛してくれているのかどうか、あの時はわからへんかった

 もっと正直に書けば、杏っちゃんの向けた凶器が、いつヒカや英須に向けられるかって思うと、信じることができへんかった

 何回も何回も後悔した。ヒカを責めようとしいひん杏っちゃんを見て、何回も何回も後悔した

 杏っちゃんの優しさとか、思いやりとか、なんでもっと分かってあげられへんかったんやろうって

 もし、ヒカがもっと強かったら、亡くなった人たちには申し訳ないけど、杏っちゃんとヒカと英須と3人で誰もわからへんところに行って、今も杏っちゃんのぬくもりを感じることができたかもしれない

 ごめんなさい

 ずっとゆわれへんかった気持ちです

 杏っちゃんの本を読んで、この気持ちだけは、ちゃんと杏っちゃんに伝えなあかんって思って書きました

 面会やったらうまくゆわれへんから。また強がりゆうてしまいそうやし


 今、ヒカは幸せの中にいます

 杏っちゃんに抱きしめてもらうことはできへんけど、こんなにもヒカと英須のことを愛してくれる、杏っちゃんがおんねんから。それだけで、女は幸せやねん

 あんたは、一つも女心がわからへんけどな(笑)


 何年先でもいい。何十年先でもいい。だから杏っちゃん、帰ってきて

 お願いやから、あきらめんとって

 ヒカと英須は、何があっても、杏っちゃんの味方やから

 ずっと待ってる

 英須と二人で、杏っちゃんが生きて帰ってきてくれんのをずっと待ってる

 また明日、面会いくね

 杏っちゃん......愛してんで




         ヒカより


 この手紙を受け取った時は、公判審理中で、判決が出ていなかった。

 間違いなく、死刑を避けて通ることはできないとわかっていたけれど、もしかしたら、と思ったりしていたのも事実だった。

 本が世に出たということで、オレの運命が大きく変わっていきそうな気がしていた。

 けれど、運命を変えるには、あまりにも遅すぎた。現実は、映画や小説のように、何でもかんでも上手くはいかない。

 淡い夢は、手を握ろうとしたそばからこぼれ落ち、はじめからあるべき答えをしっかり引き寄せていた。

 誰かが悪い、というのではない。間違いなく、自分自身が悪いのだ。

 一審の死刑判決を受け入れたことを後悔したのは、一度や二度ではない。毎日だ。毎日後悔している。

 小説を書いている時、本を読んでいる時、風呂に入っている時、眠りにつくその瞬間まで、気がつけば、押しつぶされそうな恐怖に耐えるようにして、歯を食いしばっていた。無意識の内に、死にあらがい、踏ん張ろうとしているのだろう。

 多分、オレは死ぬ瞬間まで、見苦しさを演じると思う。

 往生際が悪いと蔑まれても、綺麗になんか逝けそうもない。

 控訴しなかったのもオレならば、見苦しさをさらして、子供のようにジタバタして見せるのも、オレという人間のなせる業だ。

 でも、心のどこかでは、ホッとしているかもしれない。

 オレの小説を読んで涙を流した、あの時のヒカリはもういない。

 会えば会うほど辛かった。

 ヒカリとの距離が出来ていくのを確認しているようで、悲しかった。




写真はイメージです