>  > 山口組実録シリーズ 「菱の血判」その38 ~七十五日という区切り~
日本の裏社会で今、なにが起ころうとしているのか?

山口組実録シリーズ 「菱の血判」その38 ~七十五日という区切り~

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 創立100周年目の山口組に起きた「別れ」という離脱分裂劇。マスコミ等では分裂理由を、主に会費の高騰、と紹介しているが、血で血を洗いながら100年間も続いた組織の分裂理由はそんな単純なものではない。
「11年前に戻っただけや」
 分裂理由の真相を知る幹部たちは残念顔でこう言った。山口組は11年前から神戸一派と名古屋一派との間で確執が生じていた。脈々と沸々と続いていたものがこの度遂に分裂というかたちで表面化したのである。六代目山口組の分裂劇とは一体何なのか? 山口組に詳しい藤原良氏に解説してもらった。


世間の常識とヤクザの筋はそれほど離れたものではない


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写真はイメージです

 六代目山口組の分裂から最初の年が明けた。六代目山口組から離れた一派をベースとする神戸山口組では新年会が催され、一方、六代目山口組では、組員たちの離脱・移籍が増加している。

 神戸山口組、および六代目山口組の周辺者たちからは神戸山口組側の離脱行動を「よくやった」と称える声が多く、六代目山口組に対しては「どうなんだ?」と現状を疑問視する声が多い。これがリアルな世間の声だと言ってしまってもいいだろう。いくら暴力団関係者が「堅気さんには関係のないことです」と突っぱねたとしても、日本最大のヤクザ暴力団組織である山口組の分裂劇が世間に与える影響は絶対にある。"関係ない"では済まないのだ。

 分裂が世間に発覚してから、5ヶ月が経とうとしている。そして、この間に変わってきたことがある。それは、「分裂当初の組員の離脱と、現在の離脱とでは性格が異なる」ということだ。

 当初は神戸一派と名古屋一派との確執、路線の違いで分裂が起こった。それから約5ヶ月後の現在では、分裂後の六代目山口組の対応についての不満や批判から離脱する組員たちが圧倒的に多い。つまり、六代目山口組の分裂に対する処理の甘さに憤りを感じている組員たちの離脱・脱退が止まらない、ということなのである。

 日本の暴力団社会には、「七十五日」という言葉がある(地域によっては七十日や九十日)。これは、行動の期限を示す数字で、たとえば「親分が殺されたら、その仇討ちは七十五日以内にすべし」という使われ方をする。抗争が発生して、殺ったり殺られたりの、いわゆる「血のバランスシート」が取れると、「そろそろ七十五日が経つから手打ちしてはどうか」という仲裁時期の目安になったりもする。なぜ「七十五日」とされるかは諸説があるが、一説にはひとつの物事についての「因果」が──原因があって、結果が出るまでの期間が──七十五日だから、というのが代表的な説だ。

 ことわざの「人の噂も七十五日」が、なぜ七十五日かというのも、同じ理由である。つまり、七十五日も過ぎれば次の新たな「状況」が発生しているので、その頃には古い「因果」で喜んでいるような人間はいなくなってしまう、ということを示している。要するに、これもまた「七十五日」をひとつの区切りとする考え方である。

「初物を食べると寿命が七十五日延びる」という言葉もそうだ。こちらは、「中国五行思想による季節のひと区切り」=「一年三百六十五日÷五(行)=七十三日」という考え方に基づいている。ここの「七十五日」は、ひとつの作物の種まきから収穫までの期間がだいたい七十五日間だったことに由来した、「物事のひと区切り」の時間的単位であり、縁起のいい初物を食べれば、寿命がもう1シーズン延びる、という意味だ。

 そして、六代目山口組が神戸一派を破門・絶縁とした平成27年8月27日の七十五日後が、平成27年11月10日である。メディアなどで「神戸山口組は、山口組の威信を傷つけたので、六代目山口組はそれなりの報復をしてケジメをつけなければならない」などと言うコメンテーターもいるが、世間的な常識で言っても、当の暴力団社会の思考からいっても、「なにもせずに放っておいたのだから、七十五日を過ぎた今頃になって、ケジメもなにもないだろう」という考え方のほうが一般的だ。

 今後、抗争の可能性がないと言っているわけではない。いずこかの三次団体、四次団体で利害が衝突して抗争が起こる可能性はいくらでもある。ただし、「山口組の名誉を傷つけたことをとがめて、六代目山口組が神戸山口組を処断する」ということは、過ぎたことを今さら蒸し返すだけにしかならない。もうその時期は過ぎたのだ。

 七十五日を過ぎた今となっては、神戸山口組のねばり勝ちと言うか、六代目山口組から受けた破門・絶縁処分の効力を神戸山口組がひっくり返したとも言える。日本のヤクザ暴力団社会の慣習からいえば、六代目山口組から破門や絶縁にされた組長たちは処分者であっても、神戸山口組という「組織」の存在は、正式にその存在を認めるほかないのだ。最近、神戸山口組系の事務所に他の代紋の当代や幹部が訪れるようになったのも、この理屈からなのである。こうしたことがわからず、「ヤクザの筋がわかっていない」という人間のほうが、よっぽど「ヤクザの筋がわかっていない」。

 分裂から七十五日が過ぎた11月10日になっても、その約1ヶ月後の納会(12月13日)になっても、年末年始をはさんだ新年三が日が過ぎても、六代目山口組は自らが出した破門状や絶縁状のケジメをつけることはしなかった。これが事実であり、答えである。そして、この状況に、大きなストレスを感じた六代目山口組の組員たちが、今、新たに離脱・脱退をしているのだ。

 六代目山口組の中には、いまだにまだ神戸山口組のことを悪く言う幹部もいる。そのことが、またしても組員たちに大きなストレスを与えている。七十五日以内に何もせず、七十五日を過ぎた今になってもまだ神戸山口組について掟がどうのこうのと言う幹部の無知さに、組員たちは、離脱や脱退を決意するほかないのである。

 今の六代目山口組では、任侠団体が持っていたはずの定義すら崩れかけているのかも知れない。


(取材/文 藤原良)