>  > 山口組実録シリーズ 「菱の血判」その35 ~ブランド力の失墜~
日本の裏社会で今、なにが起ころうとしているのか?

山口組実録シリーズ 「菱の血判」その35 ~ブランド力の失墜~

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 創立100周年目の山口組に起きた「別れ」という離脱分裂劇。マスコミ等では分裂理由を、主に会費の高騰、と紹介しているが、血で血を洗いながら100年間も続いた組織の分裂理由はそんな単純なものではない。
「11年前に戻っただけや」
 分裂理由の真相を知る幹部たちは残念顔でこう言った。山口組は11年前から神戸一派と名古屋一派との間で確執が生じていた。脈々と沸々と続いていたものがこの度遂に分裂というかたちで表面化したのである。六代目山口組の分裂劇とは一体何なのか? 山口組に詳しい藤原良氏に解説してもらった。


ブランド力過信というミスが尾を引く


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写真はイメージです

 六代目山口組側の最大の誤算は「誰しもが山口組というブランドにすがりついているだけだ」とタカをくくっていたところである。「神戸山口組なんてパチ物に誰がついていくか」と決め込んでいたところが誤算であり、落ち度だった。
 
 だが現実は、ブランドに「すがる」のではなく、ブランド力を「高める」「磨く」ことに魅力を覚えた者たちが多かった、と言えるのではないか。言い換えれば「山口組というブランド」よりも「山口組という生き方」のほうが魅力的だった、ということだろうか。

 六代目山口組の、とくに執行部は分裂当初、それまで付き合いのあった人々(ヤクザ、カタギを問わず)が神戸山口組サイドに立つとは思ってもいなかった。信念や主義や伝統等はどうでもよく、ブランドにのみ関心を示すだけだと考えていた。しかし、現況から言っても、人々は六代目山口組サイドが考えるよりももっと哲学的なセンスと思考を持ち合わせていたのである。

 現在、六代目山口組の内部では「上(=執行部)は愛知と東京だけ死守すればいいと思っているのだろう」という言葉が飛び交っているという。「シノギと利権を死守すればいい」という意味で、その象徴として愛知(シノギ)と東京(利権)という地名が挙げられているのかも知れないが、愛知県内にも東京都内にも、信念・主義・伝統等を大切にする人々はいるはずである。ブランドの力だけで彼らをつなぎ留めておくことは、これからは難しいのではないか。また享楽的で裕福なバブル時代ならともかく、各自が生き残りに必死な現在のヤクザ暴力団社会において、ブランドにのみ魅力を感じる人間がそうたくさんいるとも考えにくい。

 そして、そもそもブランド志向の人たちにとって、現在の六代目山口組ブランドは価値の高いものであるのだろうか。
 
 シノギと利権の確保という意味での、愛知と東京の死守だとしても、現実的には厳しいものがある。現在の六代目山口組に、それだけのビジネスを仕切っていける能力と人材があるのか疑問符が残る。

 山口組は最強だった。ヤクザ暴力団の歴史を振り返れば、それは事実である。しかし、現在の六代目山口組は、分裂の際に負ったダメージが抜けきっておらず、もはや最強とは言い切れない状態にある。それはつまり、六代目山口組が第一に掲げるブランド力の低下を意味しているのだが、そういった現状があるにも関わらず、いまだにブランド力を過信し、誰であろうともブランド力"のみ"に興味を示すはず、という思考をベースにした戦略を取り続ける六代目山口組の未来には大きな不安を感じてならない。


(取材/文 藤原良)