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連載小説『死に体』

第39話 白い殺意

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連載第39回 第三章(四)

文/沖田臥龍

【ここまでのあらすじ】覚せい剤に溺れ、罪のない3人もの命を殺めた元ヤクザの藤城杏樹。一審で死刑判決が下されると、幼なじみの兄弟分龍ちゃんや恋人のヒカリは必死になって控訴をすすめるが、杏樹は死刑を受け入れることを選択する。そして死刑判決が確定した杏樹は、多くの死刑囚が収容されている☓☓拘置所内の四舎ニ階、通称『シニ棟』へと送られたのだった。


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 何かが起こる。

 何かが起ころうとしている

 虫の知らせ?

 そんな生易しいものではない。

 視線を感じた

 四方八方から、鋭く刺すような視線が絡みついてくる。

 右を向けば左から。左を向けば後ろから。振り返れば、今度は前

 おかしくなっているのはわかっている。自分がおかしいのは十分にわかっている。

 わかっているけど、止められない。

 第六感が、本能が危険を感じとってしまうのだ。そして、危険が連れてくるのは混じりけのない恐怖。ぬぐってもぬぐいきれない恐怖。恐怖に侵された思考から、噴き出してくるのは猜疑心。

 おかしくなっているのは、言われなくてもわかっている。わかってはいるが止められない。

 どこかにあるはずだ。どこかに盗聴器が仕掛けられているはずだ。意味も理由も根拠もない。思い出したら止まらない。オレは自室のそこらじゅうのものを手当たり次第ひっくり返し、CDプレイヤー、携帯電話、テレビ、果てはパソコンに至るまで、二度と復元出来ないくらい、あるはずのない、見つかるはずのない盗聴器を探し求めた。

 そして。

 我にかえれば、迫り寄ってくる殺気。背後から。ゾクゾクゾクゾクゾク。身体と心が見事に震え上がった。オレは肌身から離すことのできなかった青龍刀を握りしめた。

 殺れるもんなら、やってみんかい。

 殺せるもんなら、殺してみんかい。殺せるもんな。

 えっ!? 殺されるのか!?

 オレは殺されてしまうのか。殺されて。

 オレは、雄叫びを上げて立ち上がった。完全に壊れた。くるんやったら来てみんかい。おうっこら。かかってこんかい。おおうっ。青龍刀を振り回して叫び倒した。


 一瞬の静寂。


 そのしじまをぶち破るかのように、鼓膜に伝染する、タイヤを軋ませて停まる派手な停車音。荒々しく一斉に開け放たれ、乱暴に開閉されるドアの音。我家に迫り寄ってくる大勢の足音。すべてが連鎖音となり、鼓膜の中でスパークする。

 殺られる。

 このままでは、確実に殺られてしまう。殺されてしまう。殺されて。慌てふためいたオレは青龍刀を握りしめたまま、急いで部屋から飛び出した。リビングを出て、玄関まで向かおうとするが、足がもつれ思うように進めない。玄関までのわずかな距離が、果てしなく遠く感じる。

 逃げなければ。早くここから逃げ出さなければ

 その間も、大勢のの足音が迫り寄って来る。

 死にもの狂いで玄関までたどり着くと、今度は指先が上手に操れず、チェーンロックが外せない。その間、刻一刻と荒々しい足音が近づいて来る。ためらっている余裕はなかった。青龍刀を振りかざし、チェーンロックをぶった切った。

 そして、破滅へと続く、その扉をオノレの手で解き放った。

 マンションの前。迫り寄ってきていたはずの大勢の敵たちも、タイヤを軋ませて停車させていたはずの車も、どこにも姿がない。
ただ、視界に映るどいつもこいつもがオレを見ていた。いや、見張っていやがった

 携帯電話を耳にカン高い声で暗号を飛ばし、監視する女子高生。

 学生服を着た部活帰りの坊主頭の中学生。

 ママチャリをこ忙しく漕ぐ中年のおばはん。

 カブで真横を通過していった、作業着姿のおっさん。

 ポストに投函された郵便物を、回収している郵便局員。

 どいつもコイツもみんなグルだ。次第に、オレを見ている奴らのすべてが、ゴニョゴニョゴニョゴニョと薄気味悪い声を出し始めた。それが段々とはっきりとした意味を持つ言葉になっていった。

──殺してしまえ、こんなクズは殺してしまえ!──

 完全に壊れた脳内が崩壊してしまった。

 殺らなければ殺られてしまう。殺らなければ、殺られてしまう。殺らなけれ。

「うぉぉぉぉぉっっっ!!!」

 青龍刀を力一杯振り回した。無我夢中で休むことなく振り回した。振り下ろした。突いた。突きまくった。豆腐を突き刺したような感覚が、掌に伝わってきた。かまわず突いた。青龍刀を突き続けながらも、声が枯れるまでオレは吠え続けた。心臓が悲鳴を上げ、爆発してしまいそうだった。苦しすぎて声が途切れた。苦しくて、声が出ない。

 苦しくて声が。

「うわっ!?」

 出た。

 汗を拭おうとした掌が、真っ赤に染まっていた。

「また......またオレ......殺ってもうたやん......」

 放心状態。

 それもわずかだった。すぐに背後に人の気配を感じ、青龍刀を握り直した。

 振り返る。

 いつの間にかオレは、自宅のマンションの前まで、帰ってきていたらしい。

 視線の先。

 ヒカリがオレを見つめていた。

 氷のような。

 凍てついた視線で。

 そこには、まったく感情が映っていなかった。

 ぞくっとした。

 ヒカリの凍てついた目を見て、ぞくっとした。

「ちゃうねんて。ホンマちがうねんて。お前が別れた男と歩いてんの見てもうて、それでそれでそれで」

「それで」のオンパレード。とにかくオレは、こうなってしまった理由をちゃんと説明しなければと思い、ヒカリに駆け寄ろうとした。

 進めかけた足が止まった。

 笑っている。

 ヒカリが笑っている。

 口元が裂けるように吊りあがり、笑っている。

 オレは、唖然として立ち止まった。

 その瞬間、ヒカリの背後から制服を着た警察官が雪崩れ込んできた。

「やば」

 後ずさって逃げようとするが、足がすくんで動かない。

 ズームアップされる警察官の群れ。

 観念するように目を閉じた。ギュッと閉じた。

 そして、ゆっくりと目を開けた。