>  > 山口組実録シリーズ 「菱の血判」その32 ~Cold War~
日本の裏社会で今、なにが起ころうとしているのか?

山口組実録シリーズ 「菱の血判」その32 ~Cold War~

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 創立100周年目の山口組に起きた「別れ」という離脱分裂劇。マスコミ等では分裂理由を、主に会費の高騰、と紹介しているが、血で血を洗いながら100年間も続いた組織の分裂理由はそんな単純なものではない。
「11年前に戻っただけや」
 分裂理由の真相を知る幹部たちは残念顔でこう言った。山口組は11年前から神戸一派と名古屋一派との間で確執が生じていた。脈々と沸々と続いていたものがこの度遂に分裂というかたちで表面化したのである。六代目山口組の分裂劇とは一体何なのか? 山口組に詳しい藤原良氏に解説してもらった。


絶縁処分で即抗争とならない理由


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写真はイメージです

 事始めに相当する神戸山口組の納会では2016年の方針を「継住開来」とした。継住開来には、受け継いで、発展させるという意味がある。山口組の精神を引き継ぎ、ひいては任侠道の精神を受け継ぐという心構えが、まず第一にある。そして、神戸山口組としては、焦らずにしっかりと組織体制作りをしたいという考えがあるものと受け取れる。

 去る12月13日、神戸山口組と六代目山口組とに別れてから初の事始めがおこなわれた。神戸山口組の「継住開来」にも、六代目山口組の指針である「有意拓道」にも、ともに「前に進む」という意味合いが込められているところが興味深い。偶然というよりも、やはりどちらも山口組だった、ということなのだろう。

 巷では、それぞれの組に属する組員同士が路上で喧嘩になったり、事務所が襲撃されたりもしているが、それは、何も分裂騒動が主たる原因で勃発しているだけではなく、その手の喧嘩は、昔からよくあった、とここにはっきりと記述しておく。山健同士でぶつかって喧嘩になることもあった。秋良連合会の中で組員同士が喧嘩になることもあった。その理由は様々である。シノギ関係のバッティングだけでなく、人間関係、人事上のトラブルから流血沙汰になったことも少なくない。しょせんは喧嘩である。人の世の常と言えばいいのか、同門と言えども人間同士であると言えばいいのか、それとも、ひとりひとりがヤクザだからと言えばいいのか。したがって、偶発的な喧嘩の原因や勝敗について考察してもあまり意味はない。

 世論は、神戸山口組と六代目山口組の全面対決を煽る傾向があるが、両者が全面対決に突入する可能性は非常に低い。確かに、昔から、同門同士の喧嘩沙汰は多くあった。が、神戸山口組は、六代目山口組を粉砕するために別れたのではなく、意見の違いや方向性の違いによって離脱したのだ。

 それに対して、六代目山口組側は、絶縁状や破門状を回した。絶縁状とはヤクザ暴力団業界からの追放を意味する。一種の死刑宣告と言ってもよい。絶縁状を回された者が業界から去らなければ、実力を持って排除する、という宣言でもある。

 だが、その絶縁状や破門状に再吟味、再検討する余地があったとしたら、どうだろうか?

 そもそも両者には考え方の違いというものが根本にあった。過去、絶縁が撤回されたこともあれば、破門が解かれたこともヤクザ暴力団業界の歴史の中にはいくつもある。処分即抗争という結論は、いささか気が早過ぎるのではないだろうか。