>  > 山口組実録シリーズ 「菱の血判」その⑪ ~仁義と掟~
日本の裏社会で今、なにが起ころうとしているのか?

山口組実録シリーズ 「菱の血判」その⑪ ~仁義と掟~

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 創立100周年目の山口組に起きた「別れ」という離脱分裂劇。マスコミ等では分裂理由を、主に会費の高騰、と紹介しているが、血で血を洗いながら100年間も続いた組織の分裂理由はそんな単純なものではない。
「11年前に戻っただけや」
 分裂理由の真相を知る幹部たちは残念顔でこう言った。山口組は11年前から神戸一派と名古屋一派との間で確執が生じていた。脈々と沸々と続いていたものがこの度遂に分裂というかたちで表面化したのである。六代目山口組の分裂劇とは一体何なのか? 山口組に詳しい藤原良氏に解説してもらった。


山口組はマフィアなのか、ギャングなのか、それともヤクザなのか


「仁義を重んじる神戸一派」と「掟を重んずる名古屋一派」との食い違い。山口組が六代目になってからの11年後に起きた離脱分裂騒動は、共存しにくい2つの考え方、「義をもって和と成す仁義」と「服従と沈黙の掟」の食い違いであった。

 掟と言えば、「血の掟」、「オメルタの掟」というマフィアのものが有名だ。ヤクザがマフィア化していると言えば、掟を重んじる名古屋一派の方が近代的かも知れない。掟とは特殊独特なものである。海外の暴力業界でも、掟を持つ者をマフィアといい、会則はあってもそこまでの掟を持たない者をコーサ・ノストラという。

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マフィア生誕の地、シチリア島全景

 コーサ・ノストラはギャングであり愚連隊である。よってマフィアがマフィアでいるためには、掟を重んずる事が最大のパフォーマンスであり、存在理由でもある。こういった海外の犯罪組織を例にすると、名古屋一派が掟を重要視したいのもよく分かる。山口組はギャングではない、ということだ。

 一方で、神戸一派の考え方は、ヤクザはマフィアではない、というものだった。山口組はマフィアなのか、それともヤクザなのか、という価値観の違いが、このたびの分裂騒動の通低音として流れているものなのである。

しょせんは犯罪者、という言い方もできる。ゆえに、犯罪者として日陰の道を歩くのか、犯罪の王道を歩くのか、という二者択一がある。ヤクザなのか? マフィアなのか?

 マフィアの成り立ちは、イタリア・シチリアの場合は、農夫頭が支配者(変わる政権等)から土地を守るために土地の農夫たちと秘密結社を結成したところから始まる。彼らは反体制主義であり独自の掟(オメルタの掟)を貫き、やがて、さらなる利益と快適な生活を求めて都市部に進出していったあたりから犯罪傾向が特化していった。

yamaguchi_hujiwara_0928_02.jpgニューヨーク市のマフィア、ラッキー・ルチアーノ wikipediaマフィアより引用(リンク

 アメリカのマフィアは、経済的困窮と社会的困難さに苦しむ移民者たちがお互いに協力して助け合う互助会的仕組みがそのはじまりと言われている。が、そこまで厳格な掟がないグループも多く、マフィアというよりは先に記したようにコーサ・ノストラと呼ばれる場合が多い。

 また、ヨーロッパ各地のマフィアたちは、同民族による民族主義により形成された組織も多い。東ヨーロッパ独自のマフィア組織としては、国家の方針により幼少よりスポーツ学校でスポーツ教育を受けた者たちが成人後にスポーツ以外で正業に就くのが難しく、ひとりひとりが犯罪に手を染めるかたちで組織形成されたスポーツマフィアというのもある。

 国や地域によってマフィアの成り立ちもスタイルも様々だが、すべてのマフィアに共通して言える要素は「生きる術として犯罪を用いる」という事である。

 ヤクザの起源は、奈良時代頃と言われる。奈良時代にもなると律令神祇制度が確立し、神祇官も設置され、それまでひとつだった国家業務が「祭(まつりごと)」と「政(まつりごと)」の2つに分けられた。ヤクザは主に「祭(まつりごと)」の下人として神祇官に使える者たちだった。神祇官の頂点には天皇がいた。ヤクザ事務所が古風なスタイルだったり室内に神棚が設置されてあるのはヤクザの起源がこういう理由だからである。

 ヤクザは祭の下人として警備、清掃、運営等を生業とした。そして、当時からの祭のひとつのお楽しみ事だった博打を行うようになった。ヤクザが博徒と言われるのは、ギャンブル好きだからではなく博打を生業としたという歴史があるからである。その管理は神祇官である。今風に言えば、商工会の委員の様な状態だが、当時は、もともとヤクザになる様な者は、他の仕事が手につかない者たちであり、町の治安維持と失業率の低下を目的として、そういった「行き場のない者たち」に祭の業務を手伝わせたのである。ならず者や盗人や罪人とヤクザとは別の存在だったのだ。乱世を過ぎて、江戸時代になると江戸町内の警備にあたる十手持ちの中にもヤクザが多数いた。ヤクザは十手持ちとしてならず者たちを取り締まり、盗人を捕まえていたのである。喧嘩の強さや気の強さや極端な実行力と決断力を活かした職柄だったと言えるのかも知れない。

 戦後、日本の政治が現代的になったあたりから、ヤクザは暴力団化していった。ヤクザの伝統と本質を保持する組も残ってはいるだろうか、多くは、現代的な暴力団となった。

 この「暴力団」という立ち位置が曖昧だった。ヤクザという暴力団なのか? 暴力団というマフィア組織なのか?

 海外の警察高官が日本の裏社会を視察した際、当時の暴力団事務所を見て「なぜマフィアがあんなに堂々と看板を出しているのか?」と不思議がったという。海外のマフィアが拠点の出入り口に堂々と看板を出して前の通りをホウキで掃いているなんて事はない。マフィアの拠点は非常に分かりにくい、見つからないように設置されるのが普通である。暴力団という立ち位置は、ヤクザなのか? マフィアなのか? である。起源と成り立ちと時間の流れの中でそうなった、と言うしかない。
 
 しかし、時代は変わってしまった。ある意味、日本の裏社会もグローバル化してしまったのかもしれない。暴力団という曖昧な立ち位置は、法律的にも経済的にも許されないものになってしまった。必然的に日本の暴力団も変わっていかなければならない。ヤクザに立ち戻るのか? それともマフィアスタイルでいくか?

 六代目山口組の離脱分裂騒動は、ヤクザ界が何10年も抱えてきた疑問と問題のひとつの表れなのである。

(取材/文=藤原良)
 


サムネイル画像は20世紀末のニューヨークマフィアの大物、ジョン・ゴッディのマグショット wikipediaマフィアより引用(リンク