>  > 山口組実録シリーズ 「菱の血判」その⑨ ~報道されなかった抗争 前編~
日本の裏社会で今、なにが起ころうとしているのか?

山口組実録シリーズ 「菱の血判」その⑨ ~報道されなかった抗争 前編~

この記事のキーワード:
  • このエントリーをはてなブックマークに追加

 創立100周年目の山口組に起きた「別れ」という離脱分裂劇。マスコミ等では分裂理由を、主に会費の高騰、と紹介しているが、血で血を洗いながら100年間も続いた組織の分裂理由はそんな単純なものではない。
「11年前に戻っただけや」
 分裂理由の真相を知る幹部たちは残念顔でこう言った。山口組は11年前から神戸一派と名古屋一派との間で確執が生じていた。脈々と沸々と続いていたものがこの度遂に分裂というかたちで表面化したのである。六代目山口組の分裂劇とは一体何なのか? 山口組に詳しい藤原良氏に解説してもらった。


日本一の武闘派と日本一の頭脳派の激突


 不運にも、中野会々長と宅見若頭が鉢合わせた再開発利権。それは地価高騰が目まぐるしかった土地バブルの時代ですら誰一人として手を付けようとはしなかった特殊な再開発利権だった。日本を代表する武闘派ヤクザ団体の長と日本を代表する経済ヤクザ団体の長が、ともにこの再開発利権を狙った。その後ろには、彼らの対立を黙って眺めている者もいた。のちの日本最大の暴力団組織の長となる人物だった。

 新幹線の停車駅でもある当該再開発地帯は、世界的にも有名な古都にあった。歴史的要因と政治的背景から、該当地区は古くから不条理な扱いを受けており、駅前に広がる約8万6千坪にも及ぶ広域な地帯でありながら、駅ビルはおろか道路整備もままならない放置同然の状態が戦後から20年以上も続いていた。老朽化した長屋が無数に並んでおり、居住者蒸発による廃家屋も当たり前の如くあった。歴史を恨めばいいのか、政治を怨めばいいのか、社会を憾めばいいのか──どうしようもない憤りが漂う中、住民たちによる有志団体ができ、時折、折衝に来る民間会社やディベロッパーたちに町内の土地を切り売りした利益金で町のインフラ整備を自分たちの手で行っていた。有志団体は地域の名称にちなんだ団体名を持つ協議会となり、知る人ぞ知る団体として存在していた。主要取引先銀行は国内大手のM銀行(編集部注 合併前の名称)であった。

 協議会は、誕生理由からも分かるように、当時の日本国内でもひときわ個性的な思考回路を持っており、よそ者を受け付けない性格も兼ね備えていた。協議会が立ち上がったとは言え、会自体にそのような独特な気質があったためか、この地帯のインフラ整備と再開発は結局遅れていた。しかし、土地ビジネス的に見れば、そこはまさに残された「最後の土地バブル地帯」であった。

yamaguchi_hujiwara_0925_02.jpg

「五代目山口組 宅見勝若頭の生涯」メディアックス刊

 中野会会長と宅見若頭の両雄がこの地域の利権に目を付けたのは「ヤクザは一般企業ではない」からである。この地域が最後の土地バブル地帯だと分かっていても強靭な協議会が仕切っている以上、なかなか手が出せないのが普通の一般企業というものである。が、ヤクザは違う。単純目算でも1000億円以上の収益が見込める。事業達成後の事後収益も莫大な金額になる。名うてのヤクザが最後の土地バブルを求めてこの地域に入り込むのは時間の問題だった。

 中野会会長は、天性の交渉術の巧みさから協議会へのストレートな接触に成功し、じょじょに協議会会長(編集部注 協議会内の役職は「委員長」)と密談を重ねていった。これに対して、宅見若頭は当該地域を一応縄張りとする地元暴力団組織との非公式な同盟関係を結ぶ事でこの町の再開発利権に食い込もうと画策した。両雄の手腕の見せ所だった。
 
 中野会会長が協議会会長と順当に再開発着手計画を進めていた。約8万6千坪のうち約8000坪のエリアから着手する計画で、中野会会長と縁のあった国内最大手の消費者金融会社が再開発着手に伴う地上げ準備金を用意する運びにもなった。ここまでは宅見若頭に対して中野会会長が一歩リードという状況だった。

 このあたりから、地元暴力団組織と同盟関係を強めていた宅見若頭による協議会への妨害工作が始まった。手法はズバリ拳銃による襲撃である。中野会側も応戦に出るが、狙う者の強みもあり、初戦の段階ですでに2名の協議会幹部が射殺されている。なお、地元暴力団組織からも逮捕者が出ている。

 さらに、人身掌握に長けた宅見若頭は、協議会会長に覚せい剤の使用経験があった事を知ると、その事を世間に公表されて会長職を下ろされたくなければこちらの言う通りにしろと詰め寄った。たびかさなる襲撃に怯えていたこともあり協議会会長は瞬く間に宅見若頭の言いなりとなり、中野会会長の仲介で入手していた再開発準備金の約35億円を持ち逃げした。この35億円が協議会会長の物となったか、それとも宅見若頭の懐に入ったかは永遠の謎である(その後の経緯から宅見若頭の懐に流れたという見方が強い)。

 中野会、および中野会会長を支援する山口組五代目の命により当時の山健組も協力して協議会会長に持ち逃げされた再開発着手金35億円の回収がはじまった。その回収方法は、拳銃による回収だった。35億円を持ち逃げされた中野会側としては、この際、現金による地上げよりも「関係者を皆殺しにする地上げ」も想定した回収スタイルだったのかもしれない。

 協議会会長宅には毎日の様に銃弾が撃ち込まれ、車で信号待ちしていた協議会幹部も接近して来たバイクのヒットマンに射殺された。協議会側は宅見若頭の采配もあって地元暴力団組織の援護を得て町の方々でマシンガンを乱射して応戦。町のいたるところでアクション映画レベルの銃撃戦が繰り広げられた。当時、銃撃や射殺による逮捕者が出続けていたにも関わらずこの模様がまったくと言っていいほど報道されなかったのは、いわゆる「場所柄」という理由からだろうか。歴史的要因と政治的背景によりインフラ整備すら放置されていた場所である。市によるゴミ回収もなく水道のない家も平然とあった。その場所で、行政的にも発足時から目障りだった協議会とヤクザたちが殺し合っている。拳銃を乱射して流れ弾に通行人が当たったとしてもその通行人も協議会の会員である可能性が高い。この町には協議会の会員しか住んでいないからだ。もしかしたら、このままいくところまでいって協議会とヤクザが共倒れでもしてくれたら好都合だと行政も当局も考えていたのかも知れない。

 だが、この流れは逆に、宅見若頭にとっては大きな誤算だったと思われる。引く事をしない中野会・山健組連合対、協議会と地元暴力団組織の銃撃戦ともなれば警察当局は総力を挙げて両者を壊滅するだろうし、その後、誰も居なくなったこの地域に大手を振って進出してすべての再開発利権を喰えばいい──これが宅見若頭の戦略構想だったふしがある。しかし当局は、実行犯を数名逮捕するだけで、組織的検挙は行わなかった。この事は宅見若頭にとっては誤算以外の何物でもなかっただろう。

 銃撃戦による抗争は10名以上の死傷者を出した。発砲数も確認されているだけで15件以上に及んだ。宅見若頭の指示通りにするしかない状況に追い込まれていた協議会会長は主要取引先の大手M銀行からチットブックと呼ばれる手帳手法で数億円の現金を引き出させ、その現金を地元暴力団組織と宅見若頭に抗争軍資金として支払うしかなかったという。

 銃撃戦の真っ只中に協議会に金を引き出させ続けた大手M銀行の担当支店はこの後に協議会の預金156億円を同様のチットブック方式で引き出させて何者かに渡していた事が判明し、担当していた副支店長他関係者が行方知れずとなっている(編集部注 「チットブック手帳手法」とは印鑑も通帳もなく、手書きのサインだけで預金を引き出すという方法。M銀行の業務を引き継いだTMU銀行はチットブックの存在自体を否定している)。

 とにもかくにも、最後の土地バブル地帯を舞台として、中野会、山健組、山口組五代目、協議会、地元暴力団組織、宅見若頭らが再開発利権をめぐって弾丸の飛び交う抗争劇を展開していたのである。この時代はすでに「拳銃の時代じゃない」「抗争の時代じゃない」とヤクザ自身が語っていた頃だったが、この地では容赦なく銃撃戦を繰り広げている。さすがヤクザである。
 
 そして、宅見若頭と非公式に同盟関係を築いていた地元暴力団組織が、遂には、中野会会長が行きつけの理髪店にいるところを襲撃。これが世に言う「中野会会長襲撃事件」である。

 襲撃犯は中野会会長のボディガードたちに応戦されて会長殺害に失敗(ボディガードは死亡)。その後の調べで、襲撃犯が地元暴力団組織の者だった事が中野会側に知れ、現職の若頭補佐が襲撃されボディーガードが死亡した事への返し(=報復)として、五代目山口組本体として中野会会長を襲撃した地元暴力団組織との抗争を開始しようとしていた矢先、地元暴力団組織の謝罪申し入れを宅見若頭が敏速に受け入れたというかたちでこの襲撃事件は急速に和解路線へと向かう事となった。協議会会長は会長職を退職し覚せい剤使用を逆手にとって逮捕されて塀の向こうへ逃げた。中野会会長襲撃事件の失敗後に、再開発計画も一気に暗礁に乗り上げたのだった。
 
 変ではないか────別に変ではない。

「宅見がやらせたんや。で、失敗したんで宅見が全部フタしたんや」

 流れ的には確かに変ではない。それに実質的相関図の関係から言っても変ではない。宅見若頭は自分のチーム(地元暴力団組織)を敵から守っただけである。

 しかし、問題なのは、自分のチームが他組織であり、敵が同門という点である。ここが常識的に考えてあべこべなのである。間違いのないように繰り返すが、自分のチームが同門で敵が他組織なのが常識的であるが、宅見若頭の場合は、他組織が自分のチームであり、敵が同門だった。同門の命を狙ったがゆえに他組織を実行部隊としたと言えば分かりやすいか。

 だが、それはありなのか?

yamaguchi_hujiwara_0925_01.jpg

「ヒットマン―獄中の父からいとしいわが子へ」中保喜代春著 講談社刊

 命を狙われ、ボディーガードを殺害された中野会会長にとってはありではなかった。そして、平成9年、中野会系列のヒットマンにより宅見若頭は銃撃により暗殺された。これが世に言う「宅見若頭暗殺事件」である。中野会系列のヒットマンが、中野会会長襲撃実行犯を銃撃したのではなく、宅見若頭を銃撃した事が、そもそもの黒幕が誰だったのかを十二分に物語っている。

 また中野会側としては黒幕を暗殺する事で、配下の地元暴力団組織や協議会から35億円を回収しやすくする腹づもりもあった。宅見若頭はこの襲撃により死去したが、結局、35億円は闇の中に消えた。そして、この35億円の出所であった大手消費者金融会社はたびかさなる別件逮捕と消費者金融グレーゾーン廃止により倒産した。国内最大手とも言われたこの会社の倒産は消費者金融業界のみならず世間を騒がせた。

 その後、中野会は、宅見若頭襲撃時に一般市民を巻き込んだせいもあって五代目山口組から絶縁処分された。

(取材/文=藤原良)
 
 

※サムネイル写真は宅見勝組長暗殺事件の現場検証の際の報道写真。