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連載小説『死に体』

第25話 オレはふと、前回刑務所を出所したときのことを思い出した

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【ここまでのあらすじ】3人の命を殺めた罪で拘置所に収容中の藤城杏樹。杏樹の心の支えは、まめに面会に来てくれる恋人のヒカリやヒカリの子、英須(えいす)だった。一審の裁判で死刑判決を受けた杏樹に、控訴してほしいと必死に訴えかけるヒカリ。その姿に心が揺れる杏樹だったが、自分がしでかしてしまった罪の大きさが杏樹に控訴をためらわせる。そんなある日、杏樹はぼんやりとヒカリとの出会いを思い返していた。


連載小説『死に体』第23回 第ニ章(三)


文/沖田臥龍


 10年の刑を1日も残すコトなく塀の中で務めきったオレは、出所当時こそ珍しがられチヤホヤとされたけれど、組織の為でも人の為でもなかったので、ほんの2週間で飽きられてしまった。

 1ヶ月もすれば事務所当番にも狩り出され、いつの間にやら自分でも、刑務所に務めていたコトが遠い昔の出来事のような気がしていた。

 それでも"ムショボケ"だろうか、中で思い描いていた娑婆の風と、現実の社会の暮らしのギャップになかなか馴染みきれず、ひとり悪戦苦闘を繰り返していた。

「ぜったいっぜったいっ捨てないでねっ。2番目でも、ううんっ、3番目でもいいっ。だからぜーったい、ぜったい、ぜったい、アンナのコト捨てないでねっ」

 事あるゴトに目を潤ませ『ぜったいっ』を連呼していたキャバクラ勤めのネーちゃんは、オレの甲斐性の無さ故か、パクられて三日もせぬうちに新しい男とそのまま消息を絶っていたので、出所後オレは憐れ、ヤモメとなっていた。

 とにかくオレは焦っていた。

 パクられた時はハタチだったが、出てきた時もハタチだった......という訳にはいかず、きっちり歳月が過ぎた分、年をとらされていた。

 焦った。バカなオレは、自分が三十路になるなど、想像もしていなかったので、とにかく焦った。

 オッサンの仲間入りを果たしてしまった浦島太郎に異性との出逢いなどあるのだろうか、と必要以上にウロたえた。

 もしかしたら、このまま一生女なんてできやしないんじゃないか、と思うと、死んでしまいたくなったりもした。

 エロDVDと、小金が入った時にひそひそと通う風俗だけを楽しみに、逞しくくすぶり続ける、ひどくリアルな未来の自分の姿を想像して、オレはゾッとせずにはおれなかった。

 何もその危惧は出所と同時に沸き起こり始めた訳ではない。ちゃんと受刑中も気掛かりだった。だけど現実の、目の前に横たわる受刑者生活という日常が非現実的すぎて、ある意味、女と暮らす生活なんて、支配階級の選ばれし者のみが得るコトのできる特権だと勘違いするコトが出来た。

 どこか、幸せだったかもしれない。

 はっきり言って長期受刑者ばかりを収容している刑務所は、一般刑務所(8年以下の刑期)が"ママゴト"に感じるくらい、ありとあらゆる規則に縛られまくっていた。

 娑婆の世界の暮らしなど、おとぎ話の中の話でしかないと思えてくるくらいだ。

──がんじがらめ──本当にこの言葉がよく似合う。

 ある親分が、この刑務所に来て間もない頃、他の懲役の人間から刑期を尋ねられて、「11年」とこたえたトコロ、「あぁ、11年だったら、ションベン(ささっと用を足している内に終わってしまう)ですね」と言われたという有名なエピソードが残っているが、何をかくそうオレもまったく同じ経験を味わった。



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 刑務所に落ちてすぐのコトだった。

 何をしたんだ、どこの組だ、男は好きか、と刑事の職務質問並みのネチっこさで問い詰めてくる同囚に、一つひとつ丁寧に答えていくと、自然、刑期の話へと辿り着いた。

 オレは、聞いて驚け、と言わんばかりに「10年だっ」と鼻息すこぶる荒くこたえてやった。すると、どうだ。ちょっと小ばかにしたような言い方で、「ケッ、なんでぇ10年ケ。右を向いて左向く前に終わっちまわなっ、ケッ」と言われてしまった。

 最初、オレは、新入りいびりの"カマシ"を入れられてるのか、と思ったのだけど、実はそうではなかった。本気でこの同囚は、そう思っていたのだ。

 聞いてみれば、この男は"無期"だった。無期の人間からすれば刑の満期日がある、しかも10年の刑期など、取るに足らないと思われても仕方ないかもしれない。

 長期の刑務所とは、刑務所の中でもそんな特別な場所だった。

 そんな特別な場所を支配する刑務官も、娑婆ではもちろん、一般の犯罪者を収容する刑務所でも、そうはおめにかかれない特別な人柄であふれかえっていた。

 当分、出所などやって来ない懲役ばかりだ、というのをいいコトに、足元みて堂々とイジメを遂行してくる素晴らしい方達ばかりだった。

 ひとつの独裁国家でガチガチに締め付けられて10年も暮らしていると、喜ばしいコトに、幸福の水準がグググググッと下がっていってくれる。そのままの水準を出所後も持続できればよいのだけれど、そうは上手くいかないのが、人の世だ。オレは10年間、来る日も来る日もお菓子を腹一杯食えるコトを夢に描き続けた。もしもチョコレートを気が済むまで食べれるコトができたら、もう思い残すコトなんてないんじゃないか──、とさえ真剣に思っていた。甘い物にひたすら飢えていたオレは、コンビニでお菓子を物色するのが夢だった。その時は、確かに他に何もいらなかった。

 しかし実際、出所してみると、そんなもの3日持たずして飽きてしまった。

 "中"では出るコトが全てだったけれど、出てみると、そこには現実というものが存在する。

 次から次に訪れる将来への不安。オレ以外の全ての人達が幸せそうに見えて仕方なかった。オレにも温かな帰る場所が欲しかった。

 それでも昼間はまだよかった。組の雑用に追われたり、極道談義なんかを事務所で交わしたりしていると、現実から目をそらし、やり過ごすコトができた。

 だけど、夜は必ずやって来る。

 誰もいない孤独感。刑務所の独居もひたすら孤独だったけれど、娑婆での孤独は惨めだった。目の前には10年もの間、あれだれ恋い焦がれた生活があるというのに、中では考えられないような暮らしだというのに、心を満たしてくれるものは何もなかった。

 いつの間にか(オレは、なぜこの世に生まれてきてしまったのだろうか......)なんて、ひどく哲学的?なコトまで考えてしまい、オノレ自身をひどく狼狽させてしまったりしていた。

 人には"魔がさす"というコトがあるらしい。

 色々なケースがあるようだが、こういう場面に魔がさしてしまうと、全てが面倒くさくなってしまい衝動的に自殺してしまったりするのではなかろうか。

 多分芥川さんも太宰さんもこういう心理に到達してしまったのではないだろうか(違うか? 違うわな)。

 そんなオレの葛藤とは裏腹に、なんの前触れもなく予告もなしにやってきたものがあった。




 それは幸せという時間だった。