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連載小説『死に体』第2回

第2話 中学2年の冬、オレは鑑別所なるところへ送られたのだった

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長めのプロローグ 2

 その厚かましさが見事に災いしてしまったのが、「ぼく」から「オレ」へと成長していった中学2年生の冬の寒い日。オレはついに初めての獄となる鑑別所に収監されることになってしまった。

 毎回、その都度本気だったけれど、この時こそは本当に
 ......終わりましたな
 と、しみじみさせられた。

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 今のオレの存在から省みれば、鑑別所の1ヶ月など保養か慰安旅行の類いとしか思えんのだけれど、生きてきた人生がまだ短かった分、この時のオレにとって、「塀の中」で過ごさなければならない1ヶ月は永遠にすら思えた。

 1ヶ月だけでも途方に暮れているというのに、だ。聞くところによればその1ヶ月で社会にカンバックできる保証などどこにもなく、ヘタすれば半年、もしくは1年もの間、少年院に送致される可能性もあるらしい。

 目先の出来事に一喜一憂を繰り広げていた中学生のオレにとって、1年先の未来など想像さえできなかった。

 したがって今回の
 ......終わった
 は、かなり深刻なものだった。

 コンクリートの壁と金属製の金網がはめ込まれた薄暗い留置場の端っこで、鼻水と涙を流しながら、オレはメソメソと泣き続けた。

 ──で、泣いているところすまぬが我が人生、初めて投獄された留置場にさぞかしビビリあげたことだろうと察することはできるが、どのあたりが「......終わった」のか、今のオレは残念だが理解してやることはできぬ。

 終わった、というよりも、むしろ羨ましい。少年法の御加護が羨ましくてたまらない。

 少年院で許していただけるのであれば、半年や1年などとケチケチせず、5年くらい放り込まれたってかまいやしない。

 しかも、このときのオレは、少年院に送られることなく、無事1ヶ月でシャバに帰ってきたというではないか。全然、終わっとらんではないか。こんなくらいのことで軽々しく「......終わった」などと思っていた昔の自分に腹まで立ってきた。

 そんなご立腹なオレなのだが、これならばどうだろうか。


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 ハタチを過ぎたオレは、外せるだけの道を片っ端から踏み外し、結果、懲役10年の刑に服すことになってしまった。

 こ、こ、これはすごいぞっ。

 母の財布から一万円をくすねたことや、鑑別所の1ヶ月なんかとはスケールが違う。

 今度こそ、
 ..................終わった
 と言い切っても差し支えなかろう。

 同じ境地に立てばオレでなくとも、ほとんどの者が「......終わった」と人生を悲観することであろう。

 それだけの時間が10年という歳月にはある。

 それだけの重みが10年という歳月にはある。

 人の気持ちも、人の姿も、10年あればずいぶんと変わってしまう。刑務所に10年行けと言われて、笑って行けるヤツなどそうはいまい。


 そうはいまいが、今ならクスッと笑って行けちゃったりするんだな~これが。




沖田臥竜
兵庫県尼崎市出身。日本最大の暴力団組織二次団体の元最高幹部。前科8犯。21歳から29歳までの8年間服役。その出所後わずか半年で逮捕され、30歳から34歳までまた4年間服役と、通算12年間を獄中で過ごす(うち9年間は独居)。






写真はすべてイメージです。