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その女が注射器を捨てるまで 第112話

試験の勉強をしながら、あたしは小学生の頃を思い出していた。

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〜第五章まで〜
 シャブ中仲間の裏切りにより覚醒剤使用で再逮捕。精神病院から刑務所での懲役生活を終えてシャバに戻った玲子を待っていたのは、どこに行くにもつきまとう両親からの監視の目だった。しかし旧友やママ友から励まされ、過去の過ちを告白した自分を受け入れてもらえた時、母との確執、そして将来の生活を考えて下した決断は「独り立ち」すること。最愛の子どもを残していくことだけが心残りだったが、人生を再生するため、玲子は再び東京へ向かう決心をしたのだった。


<最終章12 勉強が楽しかった頃があった>

最後のワンチャンス

 やっぱり受験に集中するしかない。

 そして、残りの貯金が底を突くまでの半年間で資格を取って、コーディネーターの仕事をはじめないと。

 それができなければ、コーディネーターの道をあきらめるか、仕送りを止めるか、どちらかを選ばなければならない。

 どちらにしても、親の不信感を高めてしまうことは間違いなかった。


「おばあちゃんもね、『あと一問だったら本当に資格取れるかもね』って」

 電話で子供が言っていた。

 子供の報告で、あたしの母も、あたしが受験しているのを知っているのだ。そして、たぶん、うれしいことに期待してくれているのだ。

 その期待を打ち砕くことなんてできない。

 ──「背水の陣」ってやつだ。

 奮起した。

 ──次の試験で、絶対に決めよう!

 奮起するしかなかった。

 でも、そんな経済状態も悪いことばかりとは言えなかった。
 貯金の額から弾き出された限りある時間が、甘えを追い払ってくれたから。あたしは前回以上に勉強に集中できた。


 資格試験の勉強をしながら、あたしは小学生の頃を思い出していた。

 国語、算数、理科、社会......各教科ごとに月に一、二度、テストがあった。クラス担任の先生が次のテストの日にちと出題範囲を発表すると、テストに向けて教科書を読み耽った。

 わからないところが出てくるたびに、あたしは母に質問をした。
 母の説明は子供のあたしにもわかりやすくて、答えがわかるだけじゃなく、どうしてその答えになるのか、解き方や理由までもがたった一度の説明でスッキリと理解できた。

 ──お母さん、すごいや。

 さすがは小学校教師。いえ、学校ではわからなかったことも、母に教わればキレイに理解できた。母の教師としての能力の高さを、漠然とながら感じ取り、あたしは誇らしく思った。

 母の説明をちゃんと理解して、その証拠に母の出題する問題を見事に正解すると、母はまるで自分のことのように喜んでくれた。

 あたしは正解できたうれしさと、母に喜んでもらえたうれしさの、ふたつの喜びを感じた。


 理科の宿題で、アリについて訊ねたときは、料理の手を止め、わざわざ庭に出てアリの巣を探し、その前でいろんな話をしてくれた。

 あたしは母が台所に戻ったあとも、昆虫図鑑を膝に載せ、忙しくアリが出入りするのと見比べながら、日が暮れて図鑑の文字が見えなくなるまで、母の見つけてくれたアリの巣穴を観察し続けた。
 おかげで次の日、あたしはクラスでちょっとした"アリ博士"になっていたっけ。

 ──あたしにも勉強が楽しい頃があったんだ。

 記憶の底に埋もれていた楽しい思い出が、いくつも浮かび上がっては、あたしの胸を温かいもので満たした。

 ──資格試験に合格すれば、またお母さんに喜んでもらえるはず。

 そう信じて、勉強に没頭した。


(つづく)



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母に褒められて、勉強が楽しかった頃があったのだ



(取材/文=石原行雄)


石原行雄 プロフィール
闇フーゾクや麻薬密造現場から、北朝鮮やイラクまで、国内外数々のヤバい現場に潜入取材を敢行。著書に『ヤバい現場に取材に行ってきた!』、『アウトローたちの履歴書』、『客には絶対聞かせられない キャバクラ経営者のぶっちゃけ話』など。
http://www008.upp.so-net.ne.jp/ishihara-yukio/