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その女が注射器を捨てるまで 第110話

不合格......床に座ったまま、ほとんどなにもできなかった。

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〜第五章まで〜
 シャブ中仲間の裏切りにより覚醒剤使用で再逮捕。精神病院から刑務所での懲役生活を終えてシャバに戻った玲子を待っていたのは、どこに行くにもつきまとう両親からの監視の目だった。しかし旧友やママ友から励まされ、過去の過ちを告白した自分を受け入れてもらえた時、母との確執、そして将来の生活を考えて下した決断は「独り立ち」すること。最愛の子どもを残していくことだけが心残りだったが、人生を再生するため、玲子は再び東京へ向かう決心をしたのだった。


<最終章10 結果が出た>

涙の「不合格」通知

 どのくらい、そのままでいたのだろう?

 かなり経ってから、ようやくあたしは立ち上がり、畳の部屋に移動した。

 それでもテーブルの前に座ったまま、またしばらく呆然と時を過ごした。

 午前中はちゃかちゃかと動き回っていたくせに、午後はほとんどなにもできなかった。お昼の残りで空いてもいないお腹を機械的に満たしてから、しんと静かな部屋が辛くて、テレビを点けてぼんやりと眺めた。こちらは午前のときと同じく、いくら眺めていても内容はこれっぽっちも頭に入ってこなかった。

 晩ごはんを済ませてから、ひと息入れて、お風呂に入った。熱めのお湯に長めに浸かって、それでようやく少しだけ元気を取り戻した。

 正気を取り戻しはじめたあたしが最初にしたのは、実家への電話。

「お母さん、試験どうだった?」

 電話に出た子供は開口一番、痛いところを突いてきた。

「お母さん、落ちちゃった......」

 五カ所の正解でやっと一問の正解になることや、建築基準法がらみの計算式が難しかったことなど、試験日以降、何度も話して聞かせたことを、改めてくどくどと言い訳のように話してしまった。

 どこまで理解しているのか、それでも子供は文句も言わず、黙って聞き役を務めてくれた。

「あと二点ってことは、あと一問だったんだから」

 五カ所で一問の問題には、四カ所正解で一カ所だけミスった設問もいくつかあった。それのどこか一カ所が合ってさえいれば、合格だったのに......。

 そんな愚痴をくどくどと、未練がましく繰り返していると、子供が言った。

「おしかったね。でも、あと一問だったら、次は合格するよ!」

「え?」

「あと一問だったら、次は楽勝じゃん!」

 そう? ......そうだ!

 さすがは、あたしの元気の素。

 ──そうだ、もう一度、次の試験を受けよう。

 あっという間に、あたしはやる気を取り戻していた。

 もう一度、受ければいいんだ。あと一問なら、次は必ず受かる!

 奮い立った。

 またしても、遠く離れた子供に勇気づけられてしまった。

 ──ダメなお母さんで、ごめんね。

 心の中で感謝をしながら、同時に小さく謝った。


(つづく)



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子供の声は、私のパワーだった。



(取材/文=石原行雄)


石原行雄 プロフィール
闇フーゾクや麻薬密造現場から、北朝鮮やイラクまで、国内外数々のヤバい現場に潜入取材を敢行。著書に『ヤバい現場に取材に行ってきた!』、『アウトローたちの履歴書』、『客には絶対聞かせられない キャバクラ経営者のぶっちゃけ話』など。
http://www008.upp.so-net.ne.jp/ishihara-yukio/