>  >  > 規則正しく流れる時間、何も考えなくていい刑務所の生活は楽だった...
その女が注射器を捨てるまで 第83話

規則正しく流れる時間、何も考えなくていい刑務所の生活は楽だった...

この記事のキーワード:
  • このエントリーをはてなブックマークに追加

〜第三章まで〜
 覚醒剤を射ち始めて半年、ついに逮捕された玲子。留置場で倒れて入院するも体調も回復し、執行猶予をとりつけて再出発を果たしたかに見えたのだが...。親に見捨てられた玲子の一人暮らしを世話してくれた久間木だが、シャブ中の久間木にとっては所詮玲子もキメセクのオモチャでしかなく、またも玲子は警察に追われ「覚醒剤使用」容疑で再逮捕されることになるのだった。


<第四章17 Life In The Jail>


懲役生活がはじまる

 「ピリリリリリ!」

 湯気の立ちこめた大浴場に、笛の音が響く。

 その笛の音に合わせて、あたしたちは一斉に、浴槽から風呂桶一杯分の湯をすくい、頭から被る。

 夏場だけ週に一度行われる沐浴の時間。

 次の笛までは、たったの一分。その間に石鹸の泡を体に慌てて塗りつけて、汚れを落とす。
 これを四回繰り返し、最後に一杯被ったら、湯船に浸かることもなく、沐浴の時間は終了。

 脱衣所で服を脱いでから、次に服を着るまで、わずか五分間。だから、お湯の気持ち良さを味わう余裕もない。

 考える暇もなく、笛の音に合わせて機械的に動くだけ。

 一度に沐浴をする女囚は三十人。

 一瞬でもぼおっとすれば置いていかれて、被れるお湯が一杯でも二杯でも少なくなってしまうだけ。

 時間と笛の音に追われて、無心で体を動かす。
 それでも髪の長いあたしは、体をきちんと拭ききれず、髪から湯滴を垂らしながら夕食の席に着くことが何度もあった。


 週に二度の湯船に浸かれる入浴の日も、脱衣から次の着衣までは十五分間しかないから、状況はほとんど変わらない。
 最低限の衛生を辛うじて確保するので一杯いっぱい。

 入浴だけじゃない、刑務所での生活はなにもかもが制限だらけで、慌ただしかった。

 毎朝六時半に館内放送で起こされたら、六時四十五分から七時の間に看守の先生が点呼に回ってくるまでに、布団を押し入れに入れて、畳を掃いて、窓ガラスや机を拭いておく。

 点呼が済んだら順に食堂に移動して、配膳から「ごちそうさま」までたったの二十分で朝食を済ませる。

 そんな調子で午前の作業も、昼食も午後の作業も夕食も、夕方五時の点呼が済んで自由時間になるまでは、すべてがカチカチと分単位で行動は決められていて、ゆとりのカケラもないものだった。

 でも、苦痛ではなかった。

 なにも考えなくても、どんどん時間が過ぎていったから、むしろ気楽なくらいだった。


 あたしに課せられた労役は、刺繍刺し。
 午前中は七時四十分から正午まで、午後は十二時四十分から四時まで、一日に合計で七時間四十分の間、ひたすら刺繍を刺し続けた。

 慣れない作業にはじめのうちは手間取ったけれど、懲役をはじめて半月もすると、財布のような小物に花柄のワンポイントを入れるだけなら一日に七つか八つ、ランチョンマットに二十センチ四方の大きな模様を入れるのでも一日に三枚はこなせるようになった。

 刺繍刺しは針を持つ人差し指の第一関節と、細かいものを凝視する目が痛くなったけれど、作業をすればやった分だけ成果が形になったから、それなりにやりがいもあったし、なにより、指先の動きに集中していれば、それで一日が過ぎていくのがうれしかった。

 あたしは決められた枠の中で、淡々と生きていた。

 自分ではなにも考えず、言われたことを言われたとおりにするだけの毎日は、気楽だった。


(つづく)



shabu83.jpg

制限だらけだったが、気分は楽だった



(取材/文=石原行雄)


石原行雄 プロフィール
闇フーゾクや麻薬密造現場から、北朝鮮やイラクまで、国内外数々のヤバい現場に潜入取材を敢行。著書に『ヤバい現場に取材に行ってきた!』、『アウトローたちの履歴書』、『客には絶対聞かせられない キャバクラ経営者のぶっちゃけ話』など。
http://www008.upp.so-net.ne.jp/ishihara-yukio/