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その女が注射器を捨てるまで 第81話

このまま閉鎖病棟のベッドで過ごすなんて......見えない恐怖が私を支配した

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〜第三章まで〜
 覚醒剤を射ち始めて半年、ついに逮捕された玲子。留置場で倒れて入院するも体調も回復し、執行猶予をとりつけて再出発を果たしたかに見えたのだが...。親に見捨てられた玲子の一人暮らしを世話してくれた久間木だが、シャブ中の久間木にとっては所詮玲子もキメセクのオモチャでしかなく、またも玲子は警察に追われ「覚醒剤使用」容疑で再逮捕されることになるのだった。


<第四章15 自由への渇望>


ここを出なきゃ!

 でも、死ぬことはそんなに簡単なことじゃない。

 実際に試してみて、もうわかっている。

 右の手首を見ると、あれほど深く切ったはずなのに、今ではうっすらと細い横線が残っているだけ。

 病棟にはほかにも、自殺を試したらしい患者が何人もいた。
 両腕に細かい切り傷が何十本もある人や、太くて長い切り痕がミミズ腫れのようにぷっくりと盛り上がっている人......でも、そこまで切っているのに、その人たちも生きている。

 あたしも、みんなも、死にきれなかったから、今ここにいるんだ。

 自殺を遂げるのは、思うほど簡単なことじゃない。

 それに、やっぱり恐ろしい。

 ぼんやりした頭でもわかる。あたしには、このまま生き続けるという選択肢しかないことが。

 でも、だとすると、このまま永遠に、ここに閉じこめられるの?

 それは嫌だ。

 やっぱり、それは我慢できない。

 ──じゃあ、自分はなにがしたいの?

 来る日も来る日もベッドの上で、そのことだけを考えていると、少しずつ自分の欲求の輪郭が見えてきた。


 とにかく、ここを出たい。


 閉じこめられっぱなしで外出できないのも、人間扱いされないのも、もう嫌だ。

 薬で意識が朦朧とするのも、周りは不幸な人だらけなのに無関心でしかいられないのも、機械的に作業をこなすだけの看護師や介護士も、差し入れを運搬することで形だけの愛情を見せつける母親も、感情も感想も持たず動物のように差し入れの品々をお腹に詰め込むだけの自分も......、閉鎖病棟で起きるすべてのことに、疲れ切っていた。

 ──こんな毎日が、いつまで続くんだろう?

 霞のかかったようにぼんやりとした頭を、不安が締めつけた。

 ──いつまで閉じこめられるんだろう?

 先の見えない恐怖感もあった。

 そして、入院させられてから半年が経とうとする頃、あたしは限界に達した。

 とにかく、ここから出して!

 朦朧とした頭で抱くことのできた、たったひとつの欲求。
 閉鎖病棟で過ごすあたしの、偽らざる思い。

 殻に閉じこもって、すべてをあきらめたつもりだったけれど、やっぱり我慢しきれなかったんだ。

 このまま閉鎖病棟のベッドでぼんやりと過ごすくらいなら、刑務所のほうがまだまし!


 病棟には、もう何年も入院しっぱなしという患者が何人もいた。

「家族には家族の事情もあるから」

 そんな物わかりのいい言葉で、あたしの一生をやっかい払いしてほしくない。

 なんでもいいから、とにかく出たい!

 あたしには、そのための手段が残っていた。

 ──刑務所に入ることを認めれば、少なくともここからは出られるんだ。

 それが事実に反していても、もうかまわない。

 刑務所に入れば、それですべての片がつく。

 弁護士を呼んで、審理再開を求めるよう話した。

 誰がなにをもって判断したのか、「治療の効果があった」とあたしは"認められ"て、裁判は再開されることになった。

 あたしは閉鎖病棟を出て拘置所に戻った。

 拘置所の前で騙されてタクシーに乗せられた日から、ちょうど半年が過ぎていた。


(つづく)

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カギは自分で開くしかなかった!


(取材/文=石原行雄)


石原行雄 プロフィール
闇フーゾクや麻薬密造現場から、北朝鮮やイラクまで、国内外数々のヤバい現場に潜入取材を敢行。著書に『ヤバい現場に取材に行ってきた!』、『アウトローたちの履歴書』、『客には絶対聞かせられない キャバクラ経営者のぶっちゃけ話』など。
http://www008.upp.so-net.ne.jp/ishihara-yukio/