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その女が注射器を捨てるまで 第58話

逃げても拒んでも覚醒剤が私を追いかけてきた

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「あたしシャブ中でした」
元覚醒剤常習犯、阿佐見玲子。
厳格な家庭に育ち、息の詰まる毎日だった少女時代。
そして男と出会いようやく幸せの糸口を掴んだかにみえたとき、魔物が心の隙に忍び込んだ。
ひとときの痛みから逃れるために手を出してしまった覚せい剤。
そこから運命の歯車は狂っていくのだった。
この物語は、そんな彼女の転落と再生の軌跡をたどった実話である。


<第三章⑮ 男の目的>


そして重大事件が起きる

 久間木が秋田に来てから二週間と少し、あたしが釈放されてから三週間が経とうとしていたある夜、それは起きた。

 部屋の明かりを消して、布団に入ると、しばらくして久間木はあたしの布団に潜り込んできた。

 ほとんど毎晩のようにされてきたことが、その夜もはじまった。

 しばらくして、久間木はあたしをいじる手を止めた。
 そして、布団から出ると、暗闇の中であたしに背を向けて、なにかをはじめた。


 カサッ......。


 乾いた音が小さく聞こえた。

 ちょっと前まで耳に馴染んでいた音......。

 あたしはそれを聞き逃さなかった。

 ──パケを触る音だ。

 厚手のセロファンが擦れ合う音に間違いない。

「ちょっと! なにいじってるの!?」

 布団から体を起こすと、闇に馴れた目に、久間木の手が布団の下に差し込まれるのが映った。

 咄嗟に久間木の背を押して、敷き布団をまくり上げると......。

 あった。

 三センチ四方のセロファンで作られた小袋。

 パケだ。

 明かりを点けて、蛍光灯に透かしてみると、中には砂糖のような透明の結晶が。

 間違いない、覚醒剤の結晶だ。

「あんた、どういうこと? あたしが執行猶予中ってこと、わかってるんでしょ!?」

 執行猶予なんて本当は関係ない。もう一生、覚醒剤に手を出すつもりはなかったから。

 それでも、夜中に骨折した胸が痛んで息苦しくなったり、唐突に鬱な気分に襲われてわけもなく涙がこぼれてきたりして、鎮痛剤や安定剤を飲み足しても痛みや心の乱れを鎮められないとき、シャブの存在が頭にちらつくこともあった。

 覚醒剤がそうした辛さを一瞬のうちに(一瞬の間でしかないけれど)追い払う力を持っているのを思い出しそうになって、あわてて黒い記憶を頭から追い払うようなことも、まったくなかったわけじゃない。

 油断をしたら、またシャブ地獄に舞い戻ってしまわないとは言い切れなかった。

 まだ、気を緩めるわけにはいかなかった。

 だから、目の前にシャブを出されて、困惑と怒りを感じた。

「どういうこと? またやれってそそのかしてるの?」

 久間木はしどろもどろで否定した。

「違うよ、おまえには二度とやらせねぇ。そうじゃなくって、自分でやるんで出したんだよ」

 蛍光灯の寒々しい明かりの下で、裸の久間木が言い訳をしていた。

 眉間に深い皺を寄せた顔は、こわばっていて険しく、目はうっすらと血走っていた。

 瞳を凝視するとサッと視線を逸らしたけれど、そのあと黒目はブルブルと震えるように小刻みに動き続けていて、一点にきちっと定まっていなかった。

 完全にキマってる......。

 それは覚醒剤が効いているときの目だった。

CYMERA+.jpg

見た瞬間、鼓動が激しくなった

(つづく)


(取材/文=石原行雄)


石原行雄 プロフィール
闇フーゾクや麻薬密造現場から、北朝鮮やイラクまで、国内外数々のヤバい現場に潜入取材を敢行。著書に『ヤバい現場に取材に行ってきた!』、『アウトローたちの履歴書』、『客には絶対聞かせられない キャバクラ経営者のぶっちゃけ話』など。
http://www008.upp.so-net.ne.jp/ishihara-yukio/