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工藤明男コラム

太田出版周辺には常識のある「大人」は誰もいなかったのか

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「『絶歌』の出版について」 太田出版ホームページより


 出版に関してのコメントは、最初は「控える」ということだったはずですが、世間から予想以上に批判が噴出したことに腰が引けたのか、唐突に正式コメントを発表した太田出版。

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『遺書 関東連合崩壊の真実と、ある兄弟の絆』著/瓜田純士 発行/太田出版より

 あ、そういえばウリ坊の『ウショ(嘘? 遺書?)』(ウリ坊のことをよく知っている地元の連中が皆であの本をこう呼んでました。笑)って本を出しているのも太田出版だった。だからって太田出版の本がすべていいかげんだとか言うつもりはありませんが。

 世論に対してこの正式なコメントから得られる結論って下記の文に集約されると思います。

出版は出版する者自身がその責任において決定すべきものだと考えます。出版の可否を自らの判断以外に委ねるということはむしろ出版者としての責任回避、責任転嫁につながります。 (『絶歌』の出版について 太田出版ホームページより一部引用)

 ここでいう出版者とは元少年Aのことではなく、出版を委ねられた出版社、編集者ということになると思います。なぜなら著者には出版の希望や意志があっても出版社(版元)の可否、つまり決定権や決裁権がなく、自費出版やネット出版以外には著書を世に出す術がないからです。

 太田出版サイドが、なぜこのコメント文で「出版者」や「出版をする者」という表現をしたのか意図がわかりにくいのですが、「出版の可否」は「自ら(すなわち太田出版やその編集者)の判断」と言い切った以上、太田出版は責任を持って出版をした、ということになるのだと思います。

 逆にいえば「自らの判断以外」というのは、他の出版社、顧問弁護士、遺族も含めての世論全般も該当することになります。

 つまり、遺族に確認して了承を得ようとしたら当然、反対されるのが目に見えているから確認を取らなかった、とも受け取れます。