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その女が注射器を捨てるまで 第41話

第二章㉑ 抑鬱の果て

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「あたしシャブ中でした」
元覚醒剤常習犯、阿佐見玲子。
厳格な家庭に育ち、息の詰まる毎日だった少女時代。
そして男と出会いようやく幸せの糸口を掴んだかにみえたとき、魔物が心の隙に忍び込んだ。
ひとときの痛みから逃れるために手を出してしまった覚せい剤。
そこから運命の歯車は狂っていくのだった。
この物語は、そんな彼女の転落と再生の軌跡をたどった実話である。(取材/文 石原行雄)


もう死ぬしかない

 注射針の摘出は、あたしにとってかなりショッキングなものだった。

 人の皮膚を刃物で切り裂いたのも恐かったけれど、それよりも、しっかり者のイメージだった久間木が、ギラついた目で大慌てする姿にショックを受けた。

 覚せい剤はどんな人だって狂わせてしまうんだ。

 そして、シャブを続ければ、いつかは自分もああなるんだ......。

 わかっているくせに覚せい剤を手放せなくなっているあたしは、もう人間として終わりなんだ。

 甘えたい、優しくされたいという、父や母には叶えてもらえなかった望み。

 それをタカノリに求めたけれど、タカノリにも満たしてもらえず、タカノリでも満たされなかったからとミツオに期待して、でもそれもダメ。

 結局、ダメだったのは親とかタカノリとかミツオのせいじゃなくて、

 あたし自身がダメだったから?

 うん、きっとそうに違いない。

 シャブなんかに溺れるようなあたしだから、ダメな原因はすべてあたしにあるはず。

 自分が求めるばっかりで、子供を満たしてあげられないダメなあたし。

 生活は泥沼で、ミツオと家庭を築くことなんてもう絶対にできないから、子供を呼び寄せることもできないし、勝手に東京に出てきたようなものだから今さら親に頼るわけにもいかない。

 どん詰まり。

 どうすればいいの?

 鬱々としていて陰気なあたしが、嫌になったのだろう。ミツオの暴力は再び激しいものとなり、耐えられないレベルにまで荒れ狂った。

 抑鬱は限界に達した。

 もう死ぬしかない──。

 暴れたミツオに部屋中を破壊し尽くされた夜、あたしは手首を切った。

嵐の前触れ

 意識を取り戻すと、病院のベッドの上だった。

 あたしの意識が戻ると、看護師の知らせですぐに医者が来た。

 若い医者は「全身に殴打の痕があって、肋骨には骨折もある」と神妙な面持ちで話し、「骨折の治療と、さらに精密な検査をするために入院してもらいたい」と続けた。

 呼吸をするとミシミシと軋むように胸が痛んだ。

 それなのに、あたしはその日のうちに飯場に戻った。

 覚せい剤使用を勘ぐられて、警察に通報されるのが恐かったから。

 暴力を振るわれ、手首を切って、骨折までしているのに、ちゃんとした検査もせずに病院を逃げ出した。

 あたしはやっぱり、どうかしていた。

「おまえらの部屋、もう人が住める状態じゃないから」

 久間木は、病院から戻ったあたしを自分の部屋に寝かせてくれた。

 ミツオは行方がわからないという。

 それで安心したからか、それとも骨折したからか、その晩からあたしは高い熱を出して寝込んだ。

 どのくらい寝込んでいたのだろう、あたしは男たちが言い争いをする声で目を覚ました。

 久間木の怒鳴り声がした。

「おいミツオ! おめぇ、その包丁どうするつもりだ?」

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安息の地はどこにもなかった(この写真はイメージです)


(つづく)


取材/文=石原行雄
闇フーゾクや麻薬密造現場から、北朝鮮やイラクまで、国内外数々のヤバい現場に潜入取材を敢行。
著書に『ヤバい現場に取材に行ってきた!』、『アウトローたちの履歴書』、『客には絶対聞かせられない キャバクラ経営者のぶっちゃけ話』など。
http://www008.upp.so-net.ne.jp/ishihara-yukio/