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その女が注射器を捨てるまで 第40話

第二章⑳ 血まみれの部屋

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「あたしシャブ中でした」
元覚醒剤常習犯、阿佐見玲子。
厳格な家庭に育ち、息の詰まる毎日だった少女時代。
そして男と出会いようやく幸せの糸口を掴んだかにみえたとき、魔物が心の隙に忍び込んだ。
ひとときの痛みから逃れるために手を出してしまった覚せい剤。
そこから運命の歯車は狂っていくのだった。
この物語は、そんな彼女の転落と再生の軌跡をたどった実話である。(取材/文 石原行雄)


惨劇

 注射の最中に、血管の中で注射針を折ってしまった久間木。その久間木に「カッターで血管を裂いて針を取り出してくれ」と頼まれた。久間木はあぐらから正座に座り直すと、太股の間に左手首を挟み込み、右手で上から押さえつけた。

「早く! 頼むから早く!」

 言われるままに、あたしはカッターナイフの刃を出して、斜めに尖った刃先で久間木の皮膚をなぞった。

 皮膚は弾力があって、切れなかった。

「もっとグッとチカラ入れないと切れないぞ!」

 ハッと思いついて、あたしは自分の部屋に駆け戻り、カミソリを手に取った。

 産毛剃りに使っていた、一枚刃のカミソリ。

 金属製の持ち手を握ると、急いで久間木の部屋に戻り、紙のように薄くて鋭い切っ先を針の断面のすぐそばに刺し、押しつけながら一気に引き下ろした。

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「っぐぅぁぁぁぁ!」

 耳元で、男の野太い悲鳴。

 びっくりして後ろに小さく飛び退くと、怒鳴られた。

「続けろ!」

 カミソリの柄を強く握り直して、腕を覗き込む。

 と、そこは血の海。

 近くに転がっていたティッシュであふれた血液を拭う。

 どんどん出てくる血液を拭いながら、傷口を見ると、ステンレスの輝く針が一センチほど露出していた。

 あとからあとからあふれ出てくる血液を新しいティッシュに吸わせながら、カミソリで裂いた切り口を左手の親指と人差し指で開き、慎重に狙いをつけて右の人差し指と親指の伸びた爪の先でギュッと力を込めて挟み込み、一気に引き抜いた。

「ぐぁあぁっ!」

 久間木の悲鳴。針の摘出は成功した。

 あたしも久間木も、しばらくそのまま放心したようにへたり込んでいた。

 カミソリの柄を異様に強く握っていて、離そうとしても指がこわばり、思うようにすんなりと手のひらを開けなかった。

「ありがとさん......」

 久間木の左腕は肩から手首まで血まみれ。

 押さえていた右腕にも、挟んでいた両太股にも、Tシャツのお腹の部分にも、大量の血が付いていた。

「あとはやっとくから............、ホントに............助かったよ」

 あとはやるって言ったって、太い静脈を切ったんだよ? 

 病院で縫わないでどうするの?

 そうも思ったけれど、血まみれのその場を一刻も早く離れたくて、あたしはそそくさと久間木の部屋をあとにした。

 玄関ドアを閉めるときに、右の手のひらで切り裂いたあたりを猛烈に押さえつけているのがチラリと見えた。

「そんなことじゃ出血は止まらないよ」そう思ったけど、なにも言わずに自室に戻った。

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もう何が何だか理解できなかった


(つづく)


取材/文=石原行雄
闇フーゾクや麻薬密造現場から、北朝鮮やイラクまで、国内外数々のヤバい現場に潜入取材を敢行。
著書に『ヤバい現場に取材に行ってきた!』、『アウトローたちの履歴書』、『客には絶対聞かせられない キャバクラ経営者のぶっちゃけ話』など。
http://www008.upp.so-net.ne.jp/ishihara-yukio/