その女が注射器を捨てるまで 第38話

第二章⑱ 懺悔

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「あたしシャブ中でした」
元覚醒剤常習犯、阿佐見玲子。
厳格な家庭に育ち、息の詰まる毎日だった少女時代。
そして男と出会いようやく幸せの糸口を掴んだかにみえたとき、魔物が心の隙に忍び込んだ。
ひとときの痛みから逃れるために手を出してしまった覚せい剤。
そこから運命の歯車は狂っていくのだった。
この物語は、そんな彼女の転落と再生の軌跡をたどった実話である。(取材/文 石原行雄)


幻覚の中で謝った

 覚せい剤を使うようになってから、後ろめたさもあって、母とはほとんど連絡を取らなくなっていた。

 不在のときに電話が二、三度、それを無視していたら「連絡くらいしなさい」という簡単な手紙も二通届いた。どんな言葉を返したらいいのか、悩みながらついつい返事をせずにいたら、そのうち親からの連絡も来なくなった。

 疎遠になって清々したつもりでいたけれど、心のどこかでずっと親のことが気になっていたのだろう。

 それにしても、こんなときに、こんなかたちで現れるなんて......。

 目の前に、東京にいるはずのない母。

 母はあたしを睨みつけていた。

 目を閉じても、なぜか母の姿だけはまぶたを透かしてしっかり見えた。

 びっくりして起きあがり、

 できる限りの言い訳をした。

 ミツオのこと、置き去りにしている子供のこと、そして覚せい剤のこと。

 それでも母は般若のような、ものすごい形相であたしを睨んでいた。

 その目を通して、あたしがシャブ中ということを母がすべて見通しているのが、わかった。

「ごめん......なさい......」

 小さな声で謝る。

「ごめんなさい!」

 絶叫した。

「ごめんなさい!」

 絶叫しながら額を畳に擦りつけて謝った。

 子供の泣き声に謝ったときのように。

 それでも母は微動だにせず、あたしを無言で睨み続けた。

 ──あたし、どんどん悪い子になってる。

 これじゃあ、お母さんに認めてもらえなかったのも当たり前。

 やっぱり、あたし、ダメな子なんだ。

 母に睨まれた日を境に、あたしは極度の鬱状態に陥った。

「しばらくやめろ」

   心も体も、どちらもほとんど壊れてしまった。

 そして、ついに仕事先で倒れた。

 診断は「過労による貧血」。

 当たり前。

 振り返ってみると、この一カ月間、睡眠も食事もまともに摂っていなかった。

 注射量が増えたからか、アルコールをあおっても眠れなくなっていて、ここ一カ月の間、布団に入った記憶がなかった。

 食事も二日に一回くらいゼリーか卵かけごはんをすする程度で、まともなものを食べていなかった。

「レイ子、おまえやりすぎだぞ」

 顔色や素行から察した久間木が、病院のベッドで点滴を受けるあたしに言った。

「おまえ、俺のほかからもネタ引っ張ってるだろ? 俺よりもたくさん使ってるんじゃないか?」

 久間木は自分が与える以上のシャブを、あたしが射っていることを見抜いていた。

「当分の間、シャブはやるな」

 中止命令。

「意地悪で言ってるんじゃないぞ。このままだと本当にダメになるからな。なんにでも限度ってもんがあるんだよ」

 あたしは相づちを打ったり、うなずいたりするのも億劫で、無言のままぼんやりと病室の天井を見つめていた。

 ──久間木がくれなくなったら、新宿とか上野に買いに行かなくちゃならない。

 面倒くさいなぁ......。
 
 天井を見つめながら、そんなことだけを考えていた。

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早く射ちたいなあ~(写真はイメージです)


(つづく)


取材/文=石原行雄
闇フーゾクや麻薬密造現場から、北朝鮮やイラクまで、国内外数々のヤバい現場に潜入取材を敢行。
著書に『ヤバい現場に取材に行ってきた!』、『アウトローたちの履歴書』、『客には絶対聞かせられない キャバクラ経営者のぶっちゃけ話』など。
http://www008.upp.so-net.ne.jp/ishihara-yukio/