>  >  > 第二章⑰ そして私も
その女が注射器を捨てるまで 第37話

第二章⑰ そして私も

この記事のキーワード:
  • このエントリーをはてなブックマークに追加

「あたしシャブ中でした」
元覚醒剤常習犯、阿佐見玲子。
厳格な家庭に育ち、息の詰まる毎日だった少女時代。
そして男と出会いようやく幸せの糸口を掴んだかにみえたとき、魔物が心の隙に忍び込んだ。
ひとときの痛みから逃れるために手を出してしまった覚せい剤。
そこから運命の歯車は狂っていくのだった。
この物語は、そんな彼女の転落と再生の軌跡をたどった実話である。(取材/文 石原行雄)


ぶっ壊れちゃった...♥

 壊れた人間を間近に見る恐怖と、濃い疲労のふたつを感じた。

 それを抑え込むために、心を無にしてミツオのやりたいようにさせた。

 真顔でアソコを覗き込むミツオもそうだけれど、そんなやりとりに応じてしまう自分も、どうかしている。

 そう、やっぱりあたしもおかしくなっていた。

 刑事の打ち合わせに聞こえるボイラー音が恐くて、お風呂にはゆっくりと入れなくなっていたし、飯場の近くに停まっている路上駐車のクルマはすべて覆面パトカーに見えた。

 仕事でトラックを走らせれば、パトカーが気になって前方を見ずにバックミラーを凝視しながら運転していた。

 スピード違反が気になると、覆面パトカーに追われているような気がしてきて、捕まらないように速度メーターを凝視しながら前を見ずに何キロも走り続けた。当然、何度も事故を起こしそうになった。

 それでもシャブは手放せなくて、効きめが切れれば運転中にも射つようになっていた。

 トラックが停められる場所を探すのももどかしくて、信号待ちの間に射ったりもした。

 あるときなどは、濃すぎるのを射ってしまったらしく、快感の波に揉まれて意識が飛んだ。

 盛大なクラクションでハッと意識を取り戻し、サイドミラーで後ろを見ると、長蛇の列ができていた。

 渋滞の先頭は、シャブ中トラックのあたし。

 どのくらいの間、停まっていたのだろう? 考えるのも恐くて、慌ててトラックを走らせた。

 天井の継ぎ目の目張りも増えた。
 
 屋根の上を監視の人が歩き回る気配を、どうしても振り払えなくなった。

 電話線を通じて部屋に人が入ってくるような気がして、コードを壁から引っこ抜いた。

「そんなことあり得ない」と、頭ではわかっていたけれど、抜かずにはいられなかった。

 久間木から「麻薬捜査で盗聴されることもある」と聞かされた夜は、クスリが切れてふっと気づくと、バラバラに分解された目覚まし時計の部品が目の前に散乱していた。

 今しがたまで、懸命に盗聴器を探していた自分に気がついた。あたしは自分でしていることも、もうわからなくなっていた。

 そんなある夜、注射を射って畳に寝転がっていると、頭のあたりですすり泣くような声がした。

 首を曲げてそちらの方を見ると、スーツ姿の母が正座していた。

 真っ白いブラウスとその上に羽織ったベージュ色のジャケットが、薄暗がりにぽっかりと浮かび上がるように見えていた。

 今、こんなところにお母さんがいるわけがない......。

 頭ではわかっていたはずなのに、それでも確かに見えていた。

ogura_140908.jpg

だって見えるんだもん(写真はイメージです)


(つづく)


取材/文=石原行雄
闇フーゾクや麻薬密造現場から、北朝鮮やイラクまで、国内外数々のヤバい現場に潜入取材を敢行。
著書に『ヤバい現場に取材に行ってきた!』、『アウトローたちの履歴書』、『客には絶対聞かせられない キャバクラ経営者のぶっちゃけ話』など。
http://www008.upp.so-net.ne.jp/ishihara-yukio/