その女が注射器を捨てるまで 第36話

第二章⑯ 狂気

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「あたしシャブ中でした」
元覚醒剤常習犯、阿佐見玲子。
厳格な家庭に育ち、息の詰まる毎日だった少女時代。
そして男と出会いようやく幸せの糸口を掴んだかにみえたとき、魔物が心の隙に忍び込んだ。
ひとときの痛みから逃れるために手を出してしまった覚せい剤。
そこから運命の歯車は狂っていくのだった。
この物語は、そんな彼女の転落と再生の軌跡をたどった実話である。(取材/文 石原行雄)


ついに逝っちゃった...

 ミツオがまた、あたしの浮気を疑っていた。

 喫茶店に行かなくなってから、かなり経っていたし、ミツオの気分を害して殴られるのが嫌だったから、あたしは極力、男の人とは接触しないようになっていた。そもそも、一緒に射つようになってからは、仕事以外は四六時中ミツオと過ごすようになっていた。

 そう釈明しながら、

「だから男を作る暇なんてないよ。そもそも作りたいとも思ってないし」

 そんなあたしの言葉を遮るように、ミツオが言った。

「いや、今隠れたぞ?」

 ミツオはあたしの下半身を凝視していた。

「スカートの中に隠れなかったか?」

 ミツオの視線は、部屋着のスカートに注がれていた。

「動いてるぞ? 中にいるんだろ?」

 その頃の一番のお気に入り、淡いグリーンの部屋着のスカート。気に入っていた理由は、ゆったりとしていて汗で張りつきにくかったから。

 そう、あたしはその頃、部屋にいるときは、たいてい注射を射っていた。

「おい、スカートの中に男がいるんだろ?」

 最近って話じゃなくて、まさに今ってこと?

 なにかの冗談かと思ったけれど、ミツオの表情は真剣そのもの。

 茶化すと殴られそうだったので、まじめに答えた。

「隠れてないよ、男なんて」

「いや隠れたぞ。サッと、な」

 水掛け論になる。そうなれば無駄に疲れるし、やっぱり最後は殴られるだけ。

 あたしは立ち上がってスカートを捲り上げ、中を見せた。

「ほら、男なんていないでしょ?」

 バカにしてると取られないように、イントネーションに注意して答える。

 上半身はブラジャー一枚、下はショーツ丸出しの姿で。

「いや............いや! 今、下着の中に入ったぞ! サッとな!」

 ミツオはこれ以上ないほどに眉を吊り上げ、眉間には深々と皺を寄せ、ギョロリと目玉を剥いていた。

 その目はギラギラしていた。
 
 欲望のギラつきじゃなくて、怒りの口火がついたギラつき。
 
 そう感じたあたしは、慌てて脱いだ。

 スカートもショーツも。

 足首から抜いたショーツを伸ばして広げて見せながら、

「ほらね、どこにも男なんていないでしょ?」

 剥き出しの下半身と、あたしの差し出すショーツをしばらく交互に眺めたあとに、ミツオは続けた。

「あそこに隠れたんだよ」

 ミツオはあたしのカラダを点検するように触りはじめた。

 あたしは、ミツオのいいようにされながら思った。

 この人、もう完全に壊れちゃったんだ......。

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錯乱して手のうちようがなかった(写真はイメージです)


(つづく)


取材/文=石原行雄
闇フーゾクや麻薬密造現場から、北朝鮮やイラクまで、国内外数々のヤバい現場に潜入取材を敢行。
著書に『ヤバい現場に取材に行ってきた!』、『アウトローたちの履歴書』、『客には絶対聞かせられない キャバクラ経営者のぶっちゃけ話』など。
http://www008.upp.so-net.ne.jp/ishihara-yukio/