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その女が注射器を捨てるまで 第25話

第二章⑤ 常習者への階段 その2

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「あたしシャブ中でした」
元覚醒剤常習犯、阿佐見玲子。
厳格な家庭に育ち、息の詰まる毎日だった少女時代。
そして男と出会いようやく幸せの糸口を掴んだかにみえたとき、魔物が心の隙に忍び込んだ。
ひとときの痛みから逃れるために手を出してしまった覚せい剤。
そこから運命の歯車は狂っていくのだった。
この物語は、そんな彼女の転落と再生の軌跡をたどった実話である。(取材/文 石原行雄)


共犯者

 覚醒剤はミツオとの行き詰まった現実から目を背けるためだけでなく、久間木との疑似親子関係を楽しむのにも欠かせないものになっていった。

「シャブで体を壊したりパクられたりする一番の理由は、眠らなくなるからだよ」

 久間木は覚醒剤のことならなんでも知っていた。

「丸二日とか三日とか不眠不休で暴れ回るから、幻覚を見たりして変なことするんだよ。それで職務質問で御用ってわけさ。変なことしなくても、寝てないと顔色がどす黒くなるから、それでバレることもあるな」

 顔色が土色になるほどやっていれば、内臓にもかなりの負担がかかっているという。

「だから射ったらちゃんと寝ること。これで体も警察も、かなり大丈夫なんだよ」

「でも射ったらギラギラしちゃって眠れないよ」

 注射をしていなければしていないで、帰ってこないミツオのことや、田舎に置き去りにしてきた子供のことを考えてしまって、やっぱり布団の中で悶々と明け方まで無駄に時を過ごすことになり、どちらにしても辛いことには変わりなかった。

「だったら......レイ子、おまえ酒はダメだったよな?」

 あたしはアルコールに弱く、ビールをコップに半分も飲めば、顔から首から、胸元から手のひらまで、肌という肌が真っ赤になって、熱い息を吐きながら、倒れるように眠ってしまうのだった。

「お酒は苦手だよ」

「だったら、シャブ射ったあとに酒飲んでみろ。ほどほどにシャブを楽しんだら、あとはビールでもあおって寝ちまうんだよ。ビールをがぶ飲みすれば小便も近くなるから。上からビールをどんどん入れて、下からじゃんじゃん出せば、シャブもすぐに体から抜けるから一石二鳥だ」

 言われたとおりにしてみると、確かによく眠れた。覚醒剤がほんのりと効いた状態で飲むと、しらふで飲むときのように気持ち悪くなることもなく、すんなりと眠りにつくことができた。

 ミツオや子供のことを考える暇もなく。

「シャブが恐いのは眠れなくなるから」

 でも、あたしは注射をしても眠れる。

 あたしに限っては、シャブに飲まれて身を持ち崩すことなんてないんだ。

 奇行なんてしないから警察にだって捕まらないし、ちゃんと睡眠をとるから体だって壊さない。

 妙な自信があったのは、覚醒剤で気が大きくなっていたからだろう。

 そんなことにも気づかずに、あたしは慢心していた。

 そして、油断している隙に、シャブの魔の手はあたしをどんどん蝕んでいった。

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眠れない夜は辛かった(photo by mislav-m/この写真はイメージです)


(つづく)


取材/文=石原行雄
闇フーゾクや麻薬密造現場から、北朝鮮やイラクまで、国内外数々のヤバい現場に潜入取材を敢行。
著書に『ヤバい現場に取材に行ってきた!』、『アウトローたちの履歴書』、『客には絶対聞かせられない キャバクラ経営者のぶっちゃけ話』など。
http://www008.upp.so-net.ne.jp/ishihara-yukio/