>  >  > 第二章③ 快楽に包まれて
その女が注射器を捨てるまで 第23話

第二章③ 快楽に包まれて

この記事のキーワード:
  • このエントリーをはてなブックマークに追加

「あたしシャブ中でした」
元覚醒剤常習犯、阿佐見玲子。
厳格な家庭に育ち、息の詰まる毎日だった少女時代。
そして男と出会いようやく幸せの糸口を掴んだかにみえたとき、魔物が心の隙に忍び込んだ。
ひとときの痛みから逃れるために手を出してしまった覚せい剤。
そこから運命の歯車は狂っていくのだった。
この物語は、そんな彼女の転落と再生の軌跡をたどった実話である。(取材/文 石原行雄)


自己否定の先に

 そんな夜を過ごしたあとも、あたしはミツオが外泊から帰るたびに、懲りずに何度か同じように、遊び疲れたミツオを問い詰めて、そのたびに酷い言葉を吐きかけられた。

 そんなことを何度か繰り返すうちに、あたしは答えがわかっているのに問い詰めてしまう自分に、強い自己嫌悪を覚えるようになった。

 そして、あたしをそんなふうにして苦しめるミツオを恨みもした。

 それなのに、そんなミツオしか頼れる相手のいない自分を寂しく思ったり、ドロドロになりはじめた状況をどうすることもできない自分の無力さが悲しくなったり......、いろんなところをグルグルと感情が巡ったあとで、気持ちは小さく萎み、

あきらめの境地に落ち着いた。

「結局はあたしがダメだから浮気されたんだ」と。

私は悪魔と契約した

 ミツオのいない週末も、覚醒剤を注射すれば時間があっという間に過ぎるから、寂しさを感じずに独りの時間をやり過ごすことができた。

 太い静脈を探って、そこに注射針を刺し、水溶液を血管に送り込む。

 そうすると一拍置いて背筋とノドにスーッと涼しいような感覚が駆け抜けて、その涼しさを追いかけるように、さらに一拍ののち、全身にザワザワとした感覚が広がる。

 胸騒ぎのような、

 ときめきのような、
 
 シャブの快感。

 ザワザワが広がると、ドキドキと鼓動が高まって、大量の汗をかく。

 けれど、ドキドキはスポーツ中の興奮に、大量の汗はスポーツ後の爽快な汗にも似ていて、これがまた気持ちいい。

 快感に包まれながら細々としたことをして過ごし、ふと時計を見れば、長針が文字盤の上を二回転も三回転もしていた。

 シャブの快感に包まれていれば、ミツオの外泊という不愉快な現実を見ずに済んだ。

 覚醒剤は自分を誤魔化すのに、よく効くクスリだった。

 覚醒剤を使い切っても、久間木に言えばすぐ次の袋をくれた。

 覚醒剤が「高額なもの」ということはなんとなく知っていたから、遠慮してなるべく節約しながら使っていたつもりだったけれど、それでも定期的に射つようになって半月もすると、十日おきくらいに袋を補充してもらうようになった。

──あたしは覚醒剤常習者になっていた。

ogura_140908.jpg

いやなものは見ないで済んだ(写真はイメージです)


(つづく)


取材/文=石原行雄
闇フーゾクや麻薬密造現場から、北朝鮮やイラクまで、国内外数々のヤバい現場に潜入取材を敢行。
著書に『ヤバい現場に取材に行ってきた!』、『アウトローたちの履歴書』、『客には絶対聞かせられない キャバクラ経営者のぶっちゃけ話』など。
http://www008.upp.so-net.ne.jp/ishihara-yukio/