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その女が注射器を捨てるまで 第22話

第二章② 本当の理由

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「あたしシャブ中でした」
元覚醒剤常習犯、阿佐見玲子。
厳格な家庭に育ち、息の詰まる毎日だった少女時代。
そして男と出会いようやく幸せの糸口を掴んだかにみえたとき、魔物が心の隙に忍び込んだ。
ひとときの痛みから逃れるために手を出してしまった覚せい剤。
そこから運命の歯車は狂っていくのだった。
この物語は、そんな彼女の転落と再生の軌跡をたどった実話である。(取材/文 石原行雄)


すれ違う心

 がんばりたいと思った分だけ、あたしをがんばらせてくれるクスリ。

 挫けて劣等感に苛まれそうになるのを、食い止めてくれるクスリ。

 自分の能力を何倍にも何十倍にもしてくれる、魔法のクスリ。

 このときのあたしにとって、覚醒剤はそんな存在だった。

......それはただの言い訳。

 あたしが覚醒剤を手放さなかった本当の理由は、別にあった。

 今だからわかる本当の理由、

 それはミツオの素行。

 東京に来てから一カ月ほど、ちょうどあたしがギックリ腰をやった頃から、ミツオは都会の熱に浮かされたように夜遊びをはじめた。

 しばらくすると金曜の夜から日曜の夜中まで、週末一杯をどこで過ごすのか、外泊してくるようにもなった。

 ミツオの気持ちが、あっさりと離れはじめていることを、あたしは敏感に感じ取っていた。

 そんな現実から目を背けるために、あたしはシャブを射った。

 今夜は帰ってくるかな?

 やきもきしながらミツオの帰りを待ち続ける金曜の夜。

 待ち疲れて布団に入り、なんとなく目覚める土曜の昼。

 部屋にはやっぱりミツオはいなくて、無駄に静かな昼下がり。

 トーストかなにかで簡単に食事を済ませてから、部屋の掃除と洗濯を片づけてしまうと、東京に知り合いのいないあたしには、もうやることがなかった。

 飯場に仕事仲間がいれば、おしゃべりで時間をつぶせたけれど、せっかくの休日のこと。パチンコなのか買い物なのか、たいていはみんなどこかに出払っていた。

 あてもなく待ち続けるのは、本当に辛い。

 点けっぱなしのテレビをぼんやりと眺めながら、どうにか時間をやり過ごす。

 そんなふうに過ごしていると、どうしても余計なことを考えてしまう。

 ミツオのこと、実家に置いてきた子供のこと、そしてお父さんとお母さんのこと。

つきまとう過去

 いくら遊びが楽しいからって、こんなに外泊が続くなんておかしい。

「よそに女でも作ってるんじゃないの?」

 何度目かの待ち疲れた日曜深夜、あたしはミツオに疑問をぶつけた。

「だったらなんだっつうんだよ!」

 遊び疲れたのか、肩を落として背を曲げて、青白い顔で帰ってきたミツオは、怒鳴るように答えた。事実上の自白だ。

「信じられない! 東京に来てまだ二カ月かそこらなんだよ!?」

 自分でもびっくりするくらいたくさんの涙が出ていた。

 この涙は、悲しいからじゃなくて、たぶん驚いたから出た涙。

 でも、そのあとに、もっと驚くことをミツオは言った。

「おまえと一緒にいても、くつろげないんだよ!」吐き捨てるように言われた。

「なんでもかんでもきっちりやろうとするし、細かいことくどくど言うから息が詰まるんだよ!」

 あたしはなにも言い返せなかった。

 びっくりしたから。

 自分が小さい頃から母に感じていたことを、そっくりそのまま突きつけられたことに、あたしは驚いていた。

 そして、いつの間にか自分が母に似ていたことが──それも母の嫌なところばかり似てしまったことが、とても悲しくて、絶望的な気分になった。

 やっぱり、あたしなんかじゃ満足させてあげられないのかな?

 返す言葉が見つからなくて、あたしは言われっぱなしのまま、布団に潜り込んだ。

 頭まで掛け布団ですっぽりと覆うと息苦しくなったけれど、中は真っ暗でちょっとだけ安心できた。

 あたしは布団の中で、声を上げて泣いた。

 嗚咽が漏れないように、敷き布団に口を押しつけながら、

 泣いた。

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結局あたしは、母の手から飛び出せていなかった(写真はイメージです)


(つづく)


取材/文=石原行雄
闇フーゾクや麻薬密造現場から、北朝鮮やイラクまで、国内外数々のヤバい現場に潜入取材を敢行。
著書に『ヤバい現場に取材に行ってきた!』、『アウトローたちの履歴書』、『客には絶対聞かせられない キャバクラ経営者のぶっちゃけ話』など。
http://www008.upp.so-net.ne.jp/ishihara-yukio/