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その女が注射器を捨てるまで 第20話

第一章⑲ 破滅への扉

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「あたしシャブ中でした」
家族関係の行き詰まりから、ひとときの逃避のつもりで手を出した覚醒剤──それが地獄のはじまりだった。
元覚醒剤常習犯、阿佐見玲子。
バツイチ・一児の母でもある彼女は、二十六才で覚醒剤を常習、二度の逮捕や、精神病院への強制入院などを経験。
この物語は、そんな彼女の転落と再生の軌跡をたどった実話である。(取材/文 石原行雄)


痛みから逃げるため

 久間木は自分の部屋から道具箱を持ってくると、中から粉末を取り出して、水で溶き、注射器に吸い上げた。

 そして、あたしの二の腕をハンカチで手際よく縛ると、

 肘の内側の血管を浮き立たせて、

 そこに注射針を刺し、

 薬液を注入した。

 それなのに、なにも変わらなかった。

 試しにちょっとだけ動いてみると、ビリッと引き裂くような鋭い痛みが、腰を駆け抜けた。痛みに変わりがないことを訴えると、久間木はのんびりとした口調で言った。

「気力だよ、キ・リョ・ク。気分が変わればどうにかなるから」

 雑談しながら久間木が一服。しばらくしてから、もう一度注射してもらうことになった。

 さっきと同じ手順で、手際よく粉を水で溶き、注射器に吸い上げて、浮き出たあたしの血管に針を刺して、

その日、二発目の注射。

 注射をし終えて、久間木が道具を片づける。その姿をぼんやりと眺めながら、あれこれと考え事をしていたような、していなかったような......そして、ふと気づくと二時間か三時間、まとまった時間が過ぎていた。

 それまではなにもできず、痛みに耐えながらただ寝ていただけで、なかなか過ぎない時間ばかりが気にかかり、退屈したり、イライラしたり、落ち込んだりしていたのに。

 それなのに、二発目の覚醒剤を打ったら進まない時計の針も気にならなくなっていた。

 体も動かせそうな気分だった。
 
 試しに寝返りを打ってみると、相変わらず腰は痛んだ。けれど、じっとしていれば痛みはほとんど気にならなかった。

 さらに二時間ほど経ってから、もう一発射ってもらった。

 その日、三度目の注射。

 覚せい剤を射ったからといって、途端に気持ち良くなったりはしなかったけれど、気が紛れて痛みはまったく気にならなくなった。

 時計を見るたびに、一時間や二時間があっという間に過ぎていた。

 とりとめのないことを考えて、「秒針がひと回りしたかな」と思って時計を見ると、短針の指す数字がひとつかふたつ大きくなっていた。

 この一人遊びを何度か繰り返しながら時間をやり過ごしていると、いつの間にか腰の痛みは緩やかになっていた。

 あたしはギックリ腰を乗り切った。

 覚せい剤も使いようなんだ──。

 無邪気にそう思っていた。

 ここが地獄の入り口だったなんて、あたしはこのときまだ想像することもできないでいた。

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うまく使いこなせる、と思っていた(写真はイメージです)


(第一章 完)


取材/文=石原行雄
闇フーゾクや麻薬密造現場から、北朝鮮やイラクまで、国内外数々のヤバい現場に潜入取材を敢行。
著書に『ヤバい現場に取材に行ってきた!』、『アウトローたちの履歴書』、『客には絶対聞かせられない キャバクラ経営者のぶっちゃけ話』など。
http://www008.upp.so-net.ne.jp/ishihara-yukio/