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その女が注射器を捨てるまで 第19話

第一章⑱ 狂った歯車

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「あたしシャブ中でした」
家族関係の行き詰まりから、ひとときの逃避のつもりで手を出した覚醒剤──それが地獄のはじまりだった。
元覚醒剤常習犯、阿佐見玲子。
バツイチ・一児の母でもある彼女は、二十六才で覚醒剤を常習、二度の逮捕や、精神病院への強制入院などを経験。
この物語は、そんな彼女の転落と再生の軌跡をたどった実話である。(取材/文 石原行雄)


なんで私だけこうなるの......

 あたしは布団の上に仰向けに横たわり、安っぽい木目がプリントされた合板の天井をただ見つめながら、体が動かないようにじっと息を詰め、ひたすら痛みに耐えていた。

 寝返りなんてもってのほか、大きく息を吸うだけで腰を引き裂くような痛みが走った。

 いわゆるギックリ腰。

 そのせいで、あたしは仕事を休んで部屋で寝ていた。

 場所は飯場の、あたしとミツオの暮らす部屋。

 東京では予定どおり、ミツオの知人の紹介で小さな建設会社で職を得て、その会社の飯場に住まわせてもらうこともできた。

 若い男手のミツオはもちろん、非力なあたしも大型車の運転免許を持っていたので、トラックの運転手として一緒に働けることになった。

 なにもかもが順調だった。

 二人の給料を合わせた額は、地元にいたときとは比べものにならないほど増えたし、なによりも朝起きてから夜寝るまで、二人の向かう現場が重なる日ともなれば仕事中だって、好き合う人と一緒に過ごせたのだから。

 もう少し貯金ができたら、あとは子供を呼び寄せるだけ。

 それで、あたしの夢見た、理想の生活が完成したはずなのに......。

 そんなときに、このギックリ腰。

 激痛のために這って動くこともできなかったので、布団の横に洗面器を置き、そこに用を足していた。

 出したものを見られるのは恥ずかしいけれど、そんなことにかまっていられないほど痛いのだから仕方ない。

その時、悪魔が囁いた

 それほどの痛みと、身じろぎもせず静かに戦っていると、

「どうだ? 痛み、少しは治まったか?」

 久間木が部屋に入ってきた。

 建設会社の現場監督で、飯場の班長でもある五十過ぎのオジサン。ミツオを東京に招いてくれた恩人でもある。

「ぜんぜん良くならないし、滅入っちゃうよ」

 腰を気にして、小さな声で答えると、

「じゃあ、シャブ射ってみっか?」

 久間木は唐突に、さらりとそう言った。

 あたしは深く考えもせず、その提案を受け入れた。

 痛みから解放されるのなら、なんでもよかった。

 あたしはそれまでにも准看護師時代に一度、事務職時代に一度の計二回、ギックリ腰を患っていた。

 だから知っていた。病院に行ってもコルセットをはめられるだけで、あとは動かず痛みが治まるのを待つだけ。痛みを消してくれる根本的な治療がないってことを。

 だから、シャブでもなんでも、痛みを消してくれるものがあるなら、試してみたかった。

 そのときは、癖になるなんて思っていなかった。
 
 意志をしっかり持っていれば、覚醒剤で身を持ち崩すことなどないと思った。

「今度だけだからな」

 久間木の言葉に、あたしは思った。

 そう、今回だけなら大丈夫なんだ......。

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その出会いは突然に(写真はイメージです)


(つづく)


取材/文=石原行雄
闇フーゾクや麻薬密造現場から、北朝鮮やイラクまで、国内外数々のヤバい現場に潜入取材を敢行。
著書に『ヤバい現場に取材に行ってきた!』、『アウトローたちの履歴書』、『客には絶対聞かせられない キャバクラ経営者のぶっちゃけ話』など。
http://www008.upp.so-net.ne.jp/ishihara-yukio/