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その女が注射器を捨てるまで 第1話 

プロローグ あたしがシャブに手を出した訳

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「あたしシャブ中でした」
家族関係の行き詰まりから、ひとときの逃避のつもりで手を出した覚醒剤──それが地獄のはじまりだった。
元覚醒剤常習犯、阿佐見玲子。
バツイチ・一児の母でもある彼女は、二十六才で覚醒剤を常習、二度の逮捕や、精神病院への強制入院などを経験。
この物語は、そんな彼女の転落と再生の軌跡をたどった実話である。(取材/文 石原行雄)


たった一度のつもりが

 あたしはシャブ中だった。

 どうして覚醒剤なんかを?

 たぶん、理由はふたつ。

 ひとつは単純。分けてくれる人が、たまたま近くにいたから。

 もうひとつは、逃げたいものがあったから。

 癖になっていた腰の痛みから逃げるため。一緒に暮らす彼氏の浮気や暴力から逃げるため。そして、上手くいかない母親との関係から逃げるため。

 小さな頃から大好きで、憧れの存在だった、お母さん。母に褒めてもらいたくて、あたしは母親の言いつけを守って、がんばった。それなのに、いくらがんばっても喜んではもらえず、それどころか、がんばればがんばるほど、自分のダメさが浮き彫りになるような気がした。

「がんばってもダメなら、なにもしないほうがまし」

 はじめは、ちょっと拗ねていただけ。母に気にかけてもらいたかった。母の満足する結果は出せなくても、努力はしていた。それをわかってほしかっただけ。それなのに、わかってもらえる様子はなく、あたしはどんどんやさぐれた。

 母に求めても満たされないものを男性に求め、その男性にも満たされないと、また別の男性に求め......。

 現実に向き合う勇気と気力がなくて......。

 そんなときに、あたしは覚醒剤と出会ってしまった。 

 たった一度のつもりで、注射を打った。

 それなのに気づいたら、あたしは覚醒剤常習者になっていた。

 覚醒剤を打っていたのは、トータルで六カ月と少し。たったの半年で、あたしはシャブの魔力に取り憑かれて、溺れ、そして、体と心を壊し、大切な人までも壊してしまった。

 さらにその報いとして、二度も逮捕されて、精神病院に強制入院させられ、刑務所にも二年以上も入れられて......、そうして些細なものから大切なものまで、ほとんどすべてのものを失った。

 お金を失い、仕事を失い、健康を失い、自由を失い、穏やかな日常を失い、家族や友人の信頼を失い、同時に人を信じる心も失い、そして、生きる気力を失った。

 一緒に注射していた彼氏は錯乱し、親には見捨てられ、最後に頼った人には騙されてシャブを盛られた。

 その間に、あたしは人間不信に陥って、心を病んだ。

 生きることに希望を見いだせなくなって、自殺も試みた。今、あたしが生きているのは、運良くそれに失敗したから。

 今もまだ、あたしは生きている。

 そして、生きることをやり直しながら、少しずついろんなものを取り戻そうとしている。

 今、振り返って思うのは、「あのとき自殺が成功していたらどうなっていたのだろう」ということ。もちろん、そんなこと、いくら考えても結論なんて出ない。

 わかるのは、「あのとき死ななくてよかった」ってことだけ。

 「人間やめますか?」とまで言われる覚醒剤。それを常習していたあたしでさえも、人間をやめずに、覚醒剤とは手を切って、今も生きている。

 あたしは思う。

「人生はリセットできる」

 生きてさえいれば、いつでも、どこからでも、やり直しはできる。

 死ぬより辛いことも、世の中にはたくさんある。


 けれど、死んでしまったら、もうやり直しは利かない。生きてさえいれば、いつかどこかでやり直せる。そして「あぁ、生きていてよかった」と思える瞬間が来るかも知れない。


 あたしが今、そう感じているように。



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「たった一度だけ」のつもりだったのに......



(つづく)


取材/文=石原行雄
闇フーゾクや麻薬密造現場から、北朝鮮やイラクまで、国内外数々のヤバい現場に潜入取材を敢行。
著書に『ヤバい現場に取材に行ってきた!』、『アウトローたちの履歴書』、『客には絶対聞かせられない キャバクラ経営者のぶっちゃけ話』など。
http://www008.upp.so-net.ne.jp/ishihara-yukio/